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 研究会だより

 平成18年度第3回研究会報告 

 

平成19年3月2日(金),東京工業大学大岡山キャンパス百年記念館にて,平成18年度第3回研究会が開催された.テーマは「DLCの先端的解析・応用と炭素繊維に学ぶ未来」であった.この研究会では,ダイヤモンドライクカーボンの解析と応用について先端的な取組みを話題の中心とするとともに,同じ炭素材料でも形態を異にする炭素繊維に着目してその応用が取り上げられた.

DLC,アモルファスカーボンに多大な関心が寄せられているのはいうまでもなく,この研究会でも例年取りあげられるテーマとして定着している.昨年度は機械的応用を中心とした実用レベルの研究・開発に関して,産学連携を含めた大学での研究,過去の製品開発でのアモルファスカーボン適用事例,検討中の応用分野が話題であったが,今回は分野を変えて光学および医学におけるDLCの先端的応用,それに加えて放射光を利用したDLCの先端的解析法がテーマとなった.また,DLC以外の炭素材料にも目を向けてその分野の取組みを知ることは有益だろうとの観点から,炭素繊維に対する生物体の挙動に関する話をうかがった.3月の繁忙期ではあったが4名の講師を含めて総計43名の出席者を集めた今回の研究会での講演内容を以下に簡潔にまとめる.

前半の部はじめは,住友電気工業の松浦尚氏より「光学用DLCの開発」と題した講演がなされた.DLCの応用は主に機械分野での保護膜に限られており,光学応用はそれほど手をつけられていない新たな開拓分野である.水素を高濃度に含有するDLC膜にHeなどのイオンを照射すると屈折率が増加することが報告されており,屈折率変化の照射源としてイオンの代わりにシンクロトロン放射光を用いることが検討されている.炭化水素系ガスを原料としたRFプラズマCVD法で合成したDLC膜に白色放射光を照射した結果,水素脱離と膜密度上昇が生じて,最大0.5の屈折率の増加が観察されたとのことである.この現象を利用することで,DLCを用いた小型屈折率変調型回折光学素子が作製できるようになり,従来の凹凸型回折素子に比べてより広範囲の分野で応用できることが期待されるとしている.

次に,兵庫県立大学高度産業科学技術研究所の神田一浩氏が「放射光を利用した炭素系薄膜の解析技術の基礎」と題し,DLC薄膜の評価ツールとして高い関心を集めている吸収端近傍X線吸収微細構造(NearEdgeX-rayAbsorptionFineStructure:NEXAFS)に関する講演を行った.NEXAFSはX線吸収スペクトルの吸収端から数十eVまでの領域を高分解能観測すると現れる構造であり,内殻軌道からイオン化準位近辺に存在する非占有準位への遷移に由来する.炭素系薄膜はラマン分光分析,XPS,EELSなどの手法で構造解析されているが,DLC膜中のsp2/sp3比の定量にはNEXAFSが有効であることが示された.製法の異なるDLC膜をサンプルとして評価した結果がまとめられ,不純物混入によるスペクトルの変化に関心が集まった.また,放射光利用を産業界へも広げるため,ニュースバル新ビームラインの整備が行われることがあわせて紹介された.

休憩のあと後半部の最初は,国家公務員共済組合連合会立川病院の長谷部光泉氏による講演「DLC膜と生体の界面を調べる:医用応用のための抗血栓性のメカニズム解明に向けて」であった.長谷部講師には,以前にもこの研究会でお話しいただいているが,今回は抗血栓性に関する豊富な症例とともに,血栓形成の主原因となる血小板が付着するのを抑制するとされるタンパク質「アルブミン」の吸着がDLC膜表面では多いことがわかってきたことが示された.また,DLC膜表面での抗血栓性メカニズムを解明するための新たな取組みとしてTEMによる断面観察が行われた結果について触れられた.血小板の活性化に起因する形態変化を検討すると,血小板と相手材料表面との界面接着にさまざま形態があることを見いだしたとのことである.質疑応答では,医用機器の分野でDLCの応用をはかるには,簡単に適用できるところから広げるのではなく,適用数は少なくても限られた重症例での成功が鍵になるとの特殊性について指摘された.

最後に,群馬工業専門高等学校の小島昭氏が「炭素が生物体に示す不思議な挙動(カーボンインプラント,水質浄化および藻場再生への展開から)」と題し,生物との相互作用を利用した炭素繊維の応用について解説した.講師は以前に炭素材料の生物親和性が高いことに着目して生体との密着力の高いカーボンインプラントの開発を手掛けたこと,その後,偶然のきっかけから炭素繊維への微生物大量固着現象を発見したことが紹介された.この炭素材料の微生物増殖効果には好炭素菌の存在と黒鉛結晶の光音響効果が関わっているとされているとのことである.この効果を利用して河川や湖での水質浄化や,集魚および産卵促進が日本全国で取り組まれている例が豊富に示された.炭素繊維の分野ではよく知られた成果とのことであるが,ダイヤモンド関係者には目新しく,聴講者の大きな関心を誘った.

講演の後,懇親会が開かれ,講演会出席者の半数以上,29名により意見交換や議論が続けられた.DLC膜への関心は依然として高いことを感じるとともに,炭素繊維の意外な効果を知ることができ,有意義な研究会であった.最後に,講演を快諾いただいた講師の先生方に厚く御礼申し上げます.

平田  敦(東京工業大学)

 

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