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 研究会だより

 平成21年度第3回研究会報告 

 

平成22年3月8日(月),東京工業大学大岡山キャンパス石川台3号館にて「平成21年度第3回研究会」が開催された.テーマは「DLCコーティング機械応用の進展」であり,切削工具,転がり軸受,自動車部品,宇宙機器へのDLCコーティング応用に関して,実用化された製品例やその開発経緯・研究成果,さらに今後の展望が話題の中心とされた.講師を含めて総計53名の出席者があった.

DLCは今後さらに実用化が期待される材料であるのは周知のとおりであり,ニューダイヤモンドフォーラムでもその規格化に携わっている最中である.そこで,DLCコーティングのさまざまな産業応用が進むなか,最も広がりを見せる機械部品の分野に着目してこの研究会が企画された.これまでの応用事例を振り返りながら現状を捉えるとともに,未来へ向けていかに取り組むかについて,この分野に携わるメーカ・法人研究機関の4名の講師から話題提供がなされた.講演内容を以下にまとめる.

前半の部はじめは,日立ツール(株)基盤技術研究センターの石川剛史氏より「DLCコーティング(ta-C)の切削工具への適用」と題した講演がなされた.アルミニウム合金による部品軽量化および切削油レスによるドライ加工化は環境負荷低減のための課題である.近年利用されるようになったシリコンや銅を含有したアルミニウム合金のドライ切削では,耐凝着性・耐摩耗性の点で水素含有DLCでは不十分であるため,水素フリーDLC(ta-C)が好ましいとしてアーク蒸着法による合成がなされている.切削抵抗の小さいコーティングを得るにはドロップレットの除去が必要であり,さまざまな形状のフィルタを検討した結果,T字型フィルタおよびオリフィスを備えた装置を開発してドロップレットフリーDLC膜を得ている.この膜をコーティングした結果,ドライ切削でも水溶性切削液を用いた場合と同程度の切削抵抗が実現でき,高い耐摩耗性,耐凝着性が示唆されたとのことである.

次に,日本精工株式会社総合研究開発センターの佐藤 努氏が「DLC被膜の転がり軸受への適用」と題し,転がり接触下におけるDLC被膜のはく離メカニズムを実験・数値解析の両方から検討し,改良したDLC被膜を転がり軸受に適用した例について講演を行った.数GPaの高面圧条件におけるはく離の起点が中間層であることを実験的に見いだし,中間層に含まれる元素をタングステンまたはシリコンとして耐久性を評価している.そして,基材変形への追従性の観点からはく離に影響する因子としてヤング率に着目し,FEM解析による検討結果が説明された.そしてDLC膜の適用例として製紙設備用軸受が紹介された.微小部分に凝着を起こす現象であるスミアリングを防ぐためシリコンを中間層に含む高耐久性DLC被膜を適用した結果,損傷や再焼入れ層が生じにくいことを確認している.

休憩をはさんでの後半部,最初の講演は(株)ジェイテクト研究開発センターの鈴木雅裕氏による「DLC膜の摩擦摩耗特性に及ぼす表面粗さの影響」であった.潤滑環境には摩擦表面の微細な凹凸,表面粗さなどの表面形状が影響するが,DLC膜適用においてはあまり調べられておらず,油膜形成や相手材攻撃性の観点から重要との指摘がなされた.10〜30nmRaの微細な凹凸を有するシリコン含有DLC膜を作製し,油潤滑条件下では微細凹凸によらず摩擦初期から安定した低摩擦係数を示す一方,無潤滑条件下では微細凹凸が大きいほど安定した低摩擦を示すのに時間を要することを示した.また,DLC膜の摩耗は微細凹凸によらないが,相手材はDLC微細凹凸が大きいほど摩耗することを明らかにした.ブラスト処理により表面粗さを変化させた基板に作製したDLC膜(0.1〜3.1μmRa)の油潤滑試験でも同様の結果を得ている.そして自動車部品である電磁クラッチへのDLC膜の応用についての紹介がなされ,要求特性を実現するにはDLC膜表面形状の制御が重要であったことが強調された.

最後に,宇宙航空研究開発機構の岩木雅宣氏が「DLCの宇宙機器への適用可能性」と題し,宇宙用固体潤滑剤としてのDLCの魅力と課題について述べた.宇宙環境は特殊であり,潤滑の点では真空および温度変化が原因で凝着促進や潤滑剤の蒸発,汚染発生が起こる.このため,宇宙用潤滑剤には油・グリースもあるが,二硫化モリブデンに代表される固体潤滑剤が採用されることが多い.DLCは真空中でも摩擦係数がサブミクロンオーダとなる超低摩擦現象を示すことから新規宇宙用潤滑剤として期待されるとして,膜中の水素含有率の影響および温度依存性,宇宙用潤滑油との併用によるトライボロジー特性の改善について調べた結果が紹介された.そして,DLCを宇宙用潤滑剤として見たときの課題として,二硫化モリブデンよりも2〜3桁短く不安定な潤滑寿命と高面圧部位における密着性があげられた.残念ながら現時点での実用例はないものの,減速歯車機構内周面,スリップリングなど将来可能性のある適用分野が示された.

講演の後の懇親会には講演会出席者の半数以上,30名により講師を交えての談話や意見交換がなされた.出席者の多さからDLCコーティングの機械応用への関心は高く,この分野のさらなる進展が期待されていることを認識できた研究会であった.最後に,講演を快諾いただいた講師の皆様に厚くお礼申し上げます.

平田 敦(東京工業大学)

 

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