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 報  告

 平成29年度第2回研究会 

 

平成29年10月17日(火)に,ニューダイヤモンドフォーラム平成29年度第2回研究会が,東京工業大学大岡山キャンパスで開催された.今回のテーマは,「単結晶ダイヤモンド:デバイス下支え技術および応用分野」であった.ダイヤモンド研究者の多くは,筆者のように光・電子物性などの基礎研究に注目して研究を行っているが,実験に用いるダイヤモンド基板結晶のグレードや研磨・加工に関して,実際のところよく理解していないように思う.本研究会では,国内の多くのダイヤモンド研究者が購入しているダイヤモンド単結晶基板の製造企業2社と,また基板加工企業1社から,企業視点からの情報を提供いただいた.また,これらの講演に先立って,ワイドバンドギャップ材料でなければ実現できないパワーデバイス応用の一例である「インホイールモータ」に関しての講演をいただいた.

(株)日産アークの谷本智氏は,「EV機電一体インホイールモータ・インバータ〜実現のキーデバイス,ワイドバンドギャップ・パワー半導体〜」と題して,SiCデバイスの例を中心に概説した.「インホイールモータ・インバータ」とは,自動車の車輪直近にモータとインバータを配した構造を指し,2輪(あるいは4輪)のモータが独立して駆動することを特徴としている.複数のインバータを選択して使用する「仮想トランスミッション」を用いるため,ハイブリッド車でさえ必要な機械式変速機(AT/MT/CVTなど)やドライブシャフト,さらにはエンジンさえも不必要となり,室内スペースを大幅に広くできる.また各ホイールの独立駆動ができれば,車がカーブする際の内輪差がなく,さらに車のキャビン中央を主軸に回転さえできてしまう,夢のような車をつくることができる.そのキーコンポーネンツは,40kWの電力を制御できる小型インバータである.さらにホイール直近で水冷できないことから,空冷200℃動作可能が要求されるため,必然的にワイドギャップ半導体が必要となる.4H-SiCでは,既存の材料とパッケージング技術を用いることで,動作温度,電力効率,サイズの観点で搭載可能なインバータを試作することができたという,インパクトある講演であった.ダイヤモンドではさらに高い電力や電圧でのインバータが可能である.谷本氏は,「デバイスアッセンブルは我々が協力できるので,試作に使えるような現実的なデバイス素子をダイヤモンドで早くつくっていただきたい」とコメントされた.

(株)シンテックの山口馨氏は,「デバイス研究用ダイヤモンド研磨・加工技術の現状」という題目で講演された.筆者と同様,ダイヤモンド薄膜成長前の基板研磨を同社に依頼している読者の方は多いと思われる.本講演では,ダイヤモンド精密研磨の代表的な手法であるスカイフ研磨法を中心に,ダイヤモンド研磨について概説していただいた.講演の中では「どのようにして研磨が行われるか」,「どういう条件を研磨依頼の際に伝えればよいか」といった具体例が示され,また講演の要所で研磨工程の動画があり,研磨経験のない聴衆にも理解しやすかったと感じた.ダイヤモンド加工のもう一つの重要プロセスであるレーザ加工法についても,基板オフ加工の例を示して説明した.レーザ加工では,切りしろの事前検討が重要である.深掘り加工では試料表面で合わせたレーザ焦点が加工が進むにつれてずれていくため,切りしろが大きくなると同時に,加えて加工時間が長くなり,コストがかさむということであった.今回の講演の情報は,ユーザが業者にダイヤモンド研磨・加工をどのように依頼するかを検討するうえで有意義であったと思われる.

住友電気工業(株)の角谷 均氏は「HPHT単結晶ダイヤモンドの特徴とデバイス基板としての課題」という題目で,ダイヤモンドの大きな課題の一つである結晶転位の低減について,包括的な視点で講演された.高温・高圧合成でのダイヤモンド結晶の高品質化には,高品質(低転位密度)種結晶の利用が不可欠であること,また成長温度を1340〜1350℃で安定して制御できる高度な成長技術が必要であることが述べられた.加えて,結晶性をさらに高めるためには,窒素を含まない結晶を成長する必要があるというのが,角谷氏の見解である.窒素が結晶中に混入する成長環境では,成長セクタごとに窒素濃度に分布ができる,あるいは貫通転位のところに窒素が凝集することで格子定数に空間的ばらつきが生じ,結晶性の低下を招くのでは,との考察があった.つまり高品質結晶の成長を突き詰めると,高純度結晶の成長技術も併せて求められることになる.現時点では,8mm角の無転位結晶の成長に成功しているとのことであった.本講演では,表面ダメージレスを目指した新しいダイヤモンド研磨方法についても提案された.石英を研磨盤に用いた加工法である.石英から酸素がダイヤモンド表面に拡散し,ダイヤモンド表面を酸化することで研磨が促進されているのではないかという見解であった.ダメージが低減されるメカニズムについて,現時点では十分に理解できていないようであった.

(株)イーディーピーの藤森直治氏は,「気相成長ダイヤモンド単結晶の実用化状況」という題目で講演された.イーディーピーでは,CVD法により成長したダイヤモンド単結晶基板を販売している.産業技術総合研究所ベンチャーとしてスタートした同社の特徴は,天然ではほとんど得られない大型の単結晶が得られることと,天然では希少な窒素をほとんど含まないUa型結晶が得られることである.基板サイズに関しては,単結晶で8mm,モザイク板では30mmまでのサイズ対応が可能であるとのことである.現時点でのダイヤモンド単結晶の販売市場は,工具素材と光学部品であり,その市場にCVD素材がどのように入り込んでいくかが重要であるとのことであった.藤森氏は講演で,市場におけるCVD素材の優位性について,実績をもとに話された.工具応用ではCVD素材の特徴である高純度が,どの程度の優位性になるかが現時点では明確ではないこと,価格の点でも魅力を出すことが容易ではないことなど,率直なコメントをされた.一方でモザイク結晶では結晶サイズを長尺化でき,高圧結晶との差別化ができるとのことであった.一般的な研究発表では「ダイヤモンドは優れた物性をもち,……」といった総花的な言葉を聞くことがしばしばある.一方で企業目線は全くシビアであって,自らがつくっている結晶のどこに他の追従を許さない特徴があるのかを冷静に見極める力が不可欠であることを,講演を拝聴しながら感じた.光学窓応用では最近,小型X線源の開発とともに,ターゲット金属を膜状に堆積したダイヤモンド窓材へのニーズの可能性があるという.この応用では,直径18mm程度の口径に加えて,透過度を高めるために膜厚が0.1mm以下の結晶が求められているということであった.藤森氏はNDFの前会長であったためか,若手研究者に「頑張ってほしい」というメッセージを込めた力強い講演であった.また,半導体応用分野にも積極的に貢献したいという同社の意気込みが感じられた.

今回の研究会では,各講師が平易に説明するように努力をされたため,参加者にも理解されやすかったと思われる.参加人数は51名であり,懇親会には36名と多くの方が集ってくださった.

寺地 徳之(物質・材料研究機構)

 

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