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 報  告

 第20回ダイヤモンドシンポジウム 

 

今回(平成18 年度)のダイヤモンドシンポジウムは第20 回の記念すべき大会である.会場は東京大学駒場リサーチキャンパス内生産技術研究所に新しくできたコンベンションホールを使用させていただいた.11 月下旬ではあったが,寒さも厳しくなく,天候にも恵まれて,今までで最高の260 名の参加登録があり,講演件数は,特別講演1 件,オーラル講演29 件,ポスター講演83 件の合計113 件であった.会場のコンベンションホールは,少しゆがんだ卵型と表現したら良いのか,おもしろい形のホールである.椅子は非常に座り心地が良く,さらにどの席からもスクリーンの見やすい構造で参加者の評判は大変良かった.それでは講演内容を紹介する.

初日午前前半はダイヤモンドやDLC 合成に関する講演が4 件あった.青学大の岡田らは多電極直流プラズマを用いて1 インチ径のヘテロエピタキシャルダイヤモンドの大面積合成を行い,70 mm を超える厚い膜で,膜厚や配向性が比較的均一な,透光性のある膜の合成に成功した.産総研の杢野らはホモエピタキシャル膜のイオン注入とリフトオフ技術による自立基板の作製を行った.カーボンイオンを3 MeV の高速で注入後,グラファイト化し,その部分での切離しに成功している.住友電工の角谷らは高圧下でグラファイトからの直接変換により高純度のナノダイヤモンド合成に成功した.合成温度が高いと,ヌープ硬度の極めて高いことを確認した.神奈川科学技術アカデミーの児玉らは大面積で,ライン式処理が可能な大気圧プラズマCVD装置を開発した.合成されたDLC 膜は堆積速度が大きく,高いガスバリヤ性を示した.

午前後半は,BN およびCNT に関する講演で,物材機構の窪田らは,カソードルミネセンスによるhBN からの紫外線発光を報告した.高圧合成装置中のNi-Mo 溶媒界面付近に成長した単結晶hBN から215 nm 付近に自由励起子発光に由来するピークを観測している.日大の佐々木らは物材機構との共同研究として,マイクロ波プラズマCVD によるcBN 膜の合成条件を明らかにした.He-N2-BF3-H2 系原料,基板バイアス印加,基板温度1 150°C という条件で1 080 cm− 3に明確な赤外吸収を得て,さらにX線回折でもcBN からの回折が得られている.日工大の岩崎らは,多結晶Co 板をスクラッチしてサイズの不均一な微粒子を触媒とし,単層ならびに二層CNT を生成した.生成されたナノチューブのうち80%が単層ならびに二層CNT であることがわかった.早大の横山らは,先端放電型ラジカルCVD によりCNT を合成した.CH4-H2 系原料を使用して,390°C において1 mm程度の厚さに垂直配向したCNT 群の合成に成功している.三重大の小海らは,レーザ蒸発法による多層,単層CNT の成長機構を比較した.ホウ素- 炭素溶融物からの過飽和析出により多層CNT が成長するモデルを提案した.

午後の前半は,バイオ関連のセッションであった.まず産総研のShin らは,ホウ素添加ホモエピタキシャルCVDダイヤモンドを用いた電気化学反応によるDNA センシングに関する報告があった.また,早大の久我らは,水素終端面を一部酸素化およびアミノ化により表面修飾を施したSGFET を用いたtarget DNA の塩基ミスマッチを蛍光観察およびSGFET の測定によって検出することに成功した.非常に簡単な表面修飾による結果であるだけに,今後の展開が期待できる.次に慶大の知久らは,高濃度ホウ素添加ダイヤモンド電極を電極として,タンパク質を構成するアミノ酸残基を電気化学的に直接観察し,人体の血中濃度に近い領域での連続使用が可能であることを明らかにしている.産総研の中村らは,光化学反応を用いたSWNT の化学修飾についての研究の一環として,チオール基およびアミノ基の導入と金および銀の担持に関する報告を行った.本セッションの最後は,慶大などの研究グループの吉村らによるさまざまな炭素系材料の抗血栓性に関する評価結果の報告があった.

初日の一般講演終了後,物質・材料研究機構名誉顧問の加茂睦和先生による特別講演があった.講演題目は「気相合成ダイヤモンド〜その素顔を求めて〜」で,無機材質研究所における気相合成ダイヤモンド研究の黎明期にスポットを当てた講演であった.研究初期の成果に対して研究所の見学者から「気相合成ダイヤモンドってこんなものですか」といわれたこと,ラマン分光をダイヤモンドの評価として世界に先駆けて用いたこと,研究初期のCVD ダイヤモンドのラマンスペクトルを見て,これを何とかして天然や高圧合成ダイヤモンドなみに高品質化したいと考えたこと,それを実現することが気相合成を始めた者の責務であると感じてさまざまな評価に取り組んだことなど,さまざまな経験とそのときの思いを語っていただけた.

初日のすべての講演が終了した後に場所を移して懇親会が催された.懇親会参加者数は約130 名で,非常に楽しい懇親会となった.

シンポジウム2 日目は,午前中前半の機械的特性評価に関するセッションにおいて,福岡県工技センターの土山らが半導体チップの微細配線を行うワイヤボンディング用キャピラリーへのDLCコーティングの効果について発表した.ボンディング温度は330°C と高く,コーティングなしの場合20 万回程度のボンディングで付着物が堆積し寿命となるのに対し,DLC コーティングにより100 万回でも堆積が認められず5 倍以上の寿命向上が期待できることを示した.

長岡技科大の松尾らは,XRR(X 線反射率)法によりDLC 膜の密度,膜厚,表面粗さを測定する手法について発表した.非破壊で複数のパラメータを同時測定できる同法は,DLC 膜の構造同定手段として今後の進展が期待される.

慶大の坪根らは東大医学部付属病院との共同研究としてポリマー基板上にコーティングしたDLC 膜の破壊挙動ついて発表した.具体的にはPET ボトルの酸素透過率の低減を目的としてコーティングしたDLC 膜の変形と破壊挙動である.10%程度の引張りひずみを与えることで,DLC 膜に多数のき裂が生じ酸素透過率が急激に増大することを示した.午前中後半のセッションでは,まず産総研の上塚らは,細胞マッピングを目的とした高さ約10 mm のダイヤモンド針の作製法を示した.細胞への挿入が容易な先端を平坦化させた針の作製も可能であり,細胞内計測や細胞への物質挿入への応用が期待される.日工大の伴らは,PMMA 基板上に合成した厚さ20 nm 程度のDLC 膜の耐薬品性について詳細に調べ,99.9%酢酸に5 分間浸漬した場合にはPMMA が一部侵されるが,アセトアルデヒド,メタノール,10%硝酸についてはDLC がPMMA の劣化を防止することを報告した.また,東北大の若生らは,CVD ダイヤモンド膜の付着性を水中での超音波キャビテーションにより評価することを提案し,表面粗さが大きく,特にRz が膜厚より大きい領域では投錨効果により良好な付着力の得られることを報告した.キャビテーションによる試験が付着力の測定に直接結びつくかは興味のあるところである.長岡技科大の谷川らのグループは,水素吸蔵材料の材料設計を目的として,コーヒー滓から作製した炭素材料の比表面積が水蒸気賦活温度によってどのように変化するかを検討し,6 時間の処理時間では775°C で処理した場合に最も細孔が発達し,材料の比表面積も大きいことを明らかにした.処理時間も含めて条件を最適化したうえで,水素吸蔵特性との相関が明らかになるのが楽しみである.

2 日目午後の初めのセッションでは不純物ドーピングに関する五つの講演があった.阪大の近松らはhBN への金属元素ドーピングに関する発表があった.RF スパッタによるhBN 薄膜合成時のCu ドーピングが試みられたが,半導体hBN 形成につながる明確な結果は示されなかった.深紫外線発光デバイス形成に重要な研究であり,今後の発表に注目したい.ダイヤモンドへのホウ素イオン注入によるp 形半導体化とそのアニーリング効果に関してはNTT 基礎研,産総研からそれぞれ報告があった.NTT の植田らは単一エネルギーホウ素イオン注入試料に対して超高圧を組み合わせた熱処理による特性向上を報告した.産総研の坪内らは複数のエネルギーによるほぼフラットなホウ素プロファイルの試料において,これまでに試みられなかった1 600°C という超高温までの熱処理を行い,明確な特性改善の結果を得ている.同じ土俵で後処理の効果を比較できればさらに有益である.午後2 番目のセッションはダイヤモンドの電子デバイス応用で,ダイヤモンドFET に関して3 件の発表が続いた.はじめに神戸製鋼の川上らは早大理工との共同研究として,ヘテロエピタキシャルダイヤモンド,およびホモエピタキシャルダイヤモンド上に作製したp-i-p 形FET の高周波特性について報告した.静特性ではホモエピとヘテロエピで大きな差があるものの,高周波特性は同程度の遮断周波数になってしまうことから,高周波では材料の物性よりもデバイス構造が重要な課題であると考えている.一方,静特性で基板の影響が大きく現れる理由もまだ明確ではない.NTT の嘉数らは,これまで世界最高という120 GHz の電力利得遮断周波数を記録したダイヤモンドFET について報告しているが,このFET の動作について等価回路を用いた解析の結果を報告した.解析によれば,ゲート金属と水素終端ダイヤモンド界面の間にエネルギー障壁が形成されていると考えられる.この物理的メカニズムが今後の課題である.続いて早大の神宮らはTi/Pt/Au 電極を用いたMISFET について報告した.マイクロ波放電のリモート水素プラズマ照射により,300°C 程度の低温で表面の水素処理,特に酸化表面の再水素処理が可能となり,デバイス作製工程の新しい展開が期待される.産総研の梅沢らは住友電工との共同研究としてダイヤモンドSBD(ショットキーバリヤダイオード)の,高温下での安定性について報告した.高温動作が売り物のダイヤモンドデバイスであるが,実用的な時間スケールで安定性が保証されるのかどうか,検討が始まった.カーバイドを形成しないイリジウムやプラチナの場合,界面は安定であるが,ダイヤモンド自体の表面がグラファイト様になるなどして,表面リーク電流が現れて特性は劣化していると考えられ対策が必要である.物材機構の小出らはダイヤモンド表面に薄膜のショットキー電極を形成したフォトダイオードを開発している.電極にWC や,Hf の窒化物を用いている点がおもしろい.順方向では波長300 nm 当たりで光電流が現れており,今後キャリヤの起源について検討が期待される.今回のシンポジウム最後のセッションは,電子放出と電子源に関するものであった.まず,産総研の山田らは,最も小さい電子親和力をもつと報告されている真空アニール処理リン添加ダイヤモンド(1 1 1)2 × 1 表面を用いて電子放出特性の評価を行い,水素化,酸素化表面に比べて低電圧で電子放出が観察され,放出電流が安定であることを明らかにした.続いて,物材機構の小泉らは,東芝との共同研究でダイヤモンドpn 接合を用いた冷陰極の試作と電子放出特性の評価を行った.電子放出効率は低いが,デバイス最適化により特性向上が見込まれるため,今後の展開が楽しみである.住友電工の辰巳らは,n 形ダイヤモンドエミッタからの電子放出特性向上を目指して,ダイヤモンドエミッタ側面を電極で被覆した場合の電子放出特性を報告した.被覆電極を用いた場合,高電界において通常のエミッタより高い放出電流が観察された.エミッタアレーとしても,1 mm2からの合計放出電流は約1.1A であった.東芝の酒井らは,ADD プロジェクトにおける産総研,東北大,青学大との共同研究成果としてダイヤモンド冷陰極放電灯の試作と特性評価に関する報告を行った.材料としては通常の金属電極の場合と比較して約30%低い放電開始電圧が得られ,放電管加工後も損失が10%以上低減されることがわかった.

以上が口頭講演の概要である.今回は,ポスター講演も数多くの興味深い報告があった.いくつかを紹介する.産総研,CREST の徳田らは,ダイヤモンド(1 1 1)基板表面に形成したメサ構造の表面にダイヤモンドを成長させ,ラテラル成長からステップフリー表面の形成に関する報告を行った.青学大の市原らは,直流プラズマを用いたIr 基板表面の前処理条件の精密な制御により,成長初期におけるエピタキシャルダイヤモンド粒子発生密度の制御が可能であることを報告した.東工大の大曽根・足立らは,小さな正方形に分割したセグメント構造を有するDLC 膜を設計および作製し,連続膜と比較してひずみ低減することから,アルミニウムのような軟質材料の基材変形に対して有効であることを示した.さらに,フッ素樹脂複合型のセグメント構造DLC 膜については,摩擦摩耗特性および撥水性の向上が観察された.慶大の永島らはフッ素添加DLC 膜の抗血栓性メカニズム解明を目的として,膜内のフッ素分布と抗血栓性との関係性について検討したところ,深さ方向のフッ素分布と血小板付着量は相関関係を示し,膜最表面に局在的に存在するフッ素が抗血栓性に効果的であることを示した.住友電工の松浦らは,水素化炭素薄膜に放射光照射を行うことにより膜の屈折率を1.55 から2.05 まで変化させることに成功した.放射光のドーズ量を変化させると膜中の水素量が変化し,それにより屈折率の制御を行っている.産総研の山本らは,カーボンナノチューブの生体適合性評価のための電子顕微鏡観察に関する報告を行った.培養細胞内でカーボンナノチューブの分布を観察するためには,エネルギーフィルタリング法が有効であるという内容であった.東工大の斎藤らにより,圧力一定動力学法を用いた理論計算により,アームチェア型(10, 10)ナノチューブに20 GPa の圧力をかけた場合,新たなsp3 炭素結晶へと相転移することが観察された.今後の研究展開が待たれるおもしろい内容である.東工大の林らは,カーボンナノチューブの表面にアモルファス炭素膜をコーティングしてヤング率などの機械特性について評価した.アモルファス炭素膜被膜後,さらにアミノ基修飾を施し,ポリプロピレンとの界面強度を増加させることができており,今後の複合材料研究に重要な結果と思われる.また,射出成形法により形成した樹脂中でのカーボンナノチューブの配向,分散,表面電導特性についても報告があった.

83 件のポスター講演の中から,若手研究者に対して贈呈されるポスター賞については,今回最優秀賞として慶應義塾大学の萩原真美さんの「ダイヤモンド及び炭素同素体上の抗血栓性評価」に,優秀賞として早稲田大学の真木翼さんの「長尺カーボンナノチューブ合成のための先端放電型ラジカルCVD 条件最適化」,産業技術総合研究所の徳田規夫さんの「ダイヤモンド(1 1 1)基板上へのステップフリー表面の形状」に対して賞状と記念品が送られた.受賞者の今後の活躍を期待する.

最後に,今回の大会運営にご尽力いただいた光田先生,葛巻先生をはじめとする実行委委員の皆様,学術委員会の皆様,フォーラム事務局の皆様に深く感謝致します.次回のダイヤモンドシンポジウムは,2007 年11 月21 日,22 日の両日,長岡技術科学大学において開催されます.奮ってご参加下さい.)

西林 良樹(住友電気工業)

小泉  聡(物質・材料研究機構)

齋藤 秀俊(長岡技術科学大学)

八田 章光(高知工科大学)

小海 文夫(三重大学)

澤邊 厚仁(青山学院大学)

中村 挙子(産業技術総合研究所)

竹内 貞雄(日本工業大学)

大竹 尚登(名古屋大学)

 

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