■■■ 報 告 ■■■ |
■■■ 第30回ダイヤモンドシンポジウム ■■■2016年11月16日(水)〜18日(金) 於:東京大学駒場リサーチキャンパス |
第30回ダイヤモンドシンポジウムは,平成28年11月16~18日の3日間,東京大学駒場リサーチキャンパスで開催された.同会場での開催は第20回シンポジウム以来10年ぶり二度目である.講演件数は,口頭発表42件(基調講演含む),ポスター65件,特別講演1件で,参加者は招待者を含め255名であった.口頭・ポスター発表ともに活発な意見交換がなされ,節目のシンポジウムにふさわしい盛会となった.
【第1日目】 第1日目は午前・午後のセッションで薄膜成長,ドーピング,量子センシングについての報告がなされた.市川公善(青山学院大学)らは,ヘテロ界面から拡張する欠陥の伝搬方向について調べた.核発生領域で形成された転位のうち,大部分は(100)成長方向に伝搬するが,その一部は特定の角度で伝搬していることを,TEM観察やラマン分光マッピングから説明した.須藤建瑠(東京工業大学)らは,3C-SiC上へのダイヤモンドヘテロエピタキシャル成長において,核発生後のダイヤモンド薄膜成長時に酸素を高濃度に添加する成長条件を適用した.これにより非エピタキシャル粒子が低減され,ダイヤモンドの結晶性が向上することを述べた.渡邊幸志(産業技術総合研究所)らは,マイクロ波固体電源を採用してダイヤモンド成長を行った.現時点ではマグネトロンでの結果と大きな差が現れておらず,今後の報告に期待したい. 小野田忍(量子科学技術研究開発機構)らは,高エネルギーイオン照射により形成したNVセンタの評価と,熱処理最適化に関して調べた.その結果,イオン注入を用いて形成したNVセンタとしては非常に長いT2(>1ms)を得ることに成功した.各温度における空孔の振舞いに関する過去の文献をもとに,温度の最適化を行ったとのことである.ダイヤモンドバルク結晶中の空孔の振舞いは,過去の研究として忘れ去られている面があるが,量子デバイス応用が注目される中,再び脚光を浴びるようになっているところが面白い.東又格(早稲田大学)らは,ダイヤモンド極表面(<10nm)にシングルNVセンタの配列形成を試みた.個々のNVセンタを一度評価すれば,研究者は,既知の位置(ナノレベルの不確定さ)に,既知の特性をもって配列されたNVセンタを手に入れたことになる.このダイヤモンド結晶を用いれば,量子センシング特性評価を系統的に行うことができる.今回は,水素の核スピン検出に成功したことが報告された. NVセンタの電荷安定性について,河合 空(早稲田大学)らは,表面の酸化状態を高度に制御することで,NVセンタの電荷安定性の向上を行った.村井拓哉(大阪大学)らは,メサ構造をもつi形ダイヤモンド結晶中にNVセンタを形成し,その両側をn形層で挟み込み,i形層のフェルミ準位位置を高くすることを行った.n形層を用いた方法は,NVセンタの負電荷安定性に優れる.現時点では,メサ端面の界面準位低減や適切な濃度のn形層形成などに改善の余地があり,素子形成のプロセス向上が期待される. ドーピングに関するセッションでは,小泉 聡(物質・材料研究機構)らは,基板オフ角がリンの取込みや電気伝導性に与える影響について系統的に調べた.オフ角が小さい場合に,リンの取込み率が向上し,電気的特性も向上するという結果を報告した.今回の結果は,ドーピングにおける表面反応の重要性を示唆している.リンドープを行うことでダイヤモンドの成長速度も増加する.不純物がダイヤモンド成長に与える影響は,多くの場合,表面反応が関わっているのではないかと思われる.電気的特性も併せた系統的な評価は,多くの知見を与える興味深いものであった.蔭浦泰資(早稲田大学)らはホウ素の高濃度ドーピングに伴い格子緩和が起こること,臨界膜厚が200nm程度であること,緩和層に存在する欠陥は双晶であることなどを,TEM/TEDやXRDの逆格子マッピングから示した.パワーデバイス実現には高濃度ホウ素ドープ膜は不可欠である.1%を超える超高濃度ドーピングが及ぼす格子緩和機構の解明は,重要な知見といえる.超伝導転移温度10Kの意義についても説明された. 第1日目のポスターセッションは,DLC,ナノカーボン系を中心に32件の発表があり,活発な意見交換がなされた.
【第2日目】 第2日目午前のセッションは,機械・工具・DLC・ナノカーボンに関する報告がなされた.野田三喜男(愛知教育大学)らは,バイポーラ化したパルスプラズマCVDにより,膜表面の残留電荷を打ち消しながら安定したBNの成膜を実現し,硬度11GPaを達成した.得られた膜は微結晶化しており,また酸素の含有によりDLCと比較し耐熱性に優れることを報告した.角谷均(住友電気工業)らは,ナノ多結晶ダイヤモンドへホウ素を添加し,従来の合成ダイヤモンドの硬度を維持したまま10mΩ・cmの低電気抵抗率を達成し,放電加工を可能にした.また,表面の酸化膜の作用により高耐熱,高潤滑,低摩耗かつトライボマイクロプラズマの影響の低減という効果が得られ,切削工具としてナノ多結晶ダイヤモンド以上の優れた特性を示すことを報告した.小川光希(東京工業大学)らは,SiC-MEMSへのパターニングレスな潤滑層形成を目的に,単結晶SiCの表面に赤外レーザ照射により局所的なa-C層を形成した.摩擦力顕微鏡によりそのマイクロトライボ特性を評価した結果,摩擦係数が単結晶SiCの1/3程度まで低減し,耐摩耗性にも優れることを報告した.白倉昌(オールテック)らは,大気圧フィラメント状誘電体バリア放電によりa-Cを成膜し,従来の大気圧グロー放電によるa-Cの約3倍となる硬度12GPaを達成し,低圧CVDに匹敵する硬度を実現した.これはフィラメンタル放電により基板近傍のイオン密度と電子密度が上昇し,水素含有量の低い緻密な薄膜となったためと示唆されることを報告した.澤穂尊(慶應義塾大学)らは,飲料用紙容器のガスバリア層への応用に向けたSiO:CHとa-C:Hの大気圧プラズマCVDによる積層コーティングを提案した.柔軟性のあるa-C:Hと積層・多層化することで,ぜい性的な挙動を示すSiO:CH膜のクラック抑制やピンホール被覆の効果が見られ,4dyads積層した場合,酸素透過率で目標とした1cc/m2/day/atmをはるかに下回る0.08cc/m2/day/atmを達成した.中村和樹(弘前大学)らは,光電変換デバイスへの応用を目的に,水素を希釈ガスとしたプラズマCVDによりSi/N共添加DLC膜を提案した.共添加によりsp2炭素のクラスタリングが抑制され,窒素のみを添加した膜に比べ低内部応力,光学バンドギャップは大きくなった.しかし,SiNの形成により整流特性が発現しないという課題が示された. 第2日目午後の特別セッションは「顕微観察・評価」と題して行われた.近年の各種顕微鏡はハード・ソフトともに著しく向上し,カーボン系材料の研究開発でも各種顕微鏡による観察・評価は不可欠なものとなっている.基調講演は末永和知氏(産業技術総合研究所)に「ナノカーボン材料の原子レベル構造観察」と題してご講演いただいた.単原子レベルの観察と分析とを目指した低加速電圧透過型電子顕微鏡の開発とその成果はまさに世界をリードする研究であると強く印象付けられた.観察用試料は原子1~2層レベルの厚さであることが求められるが,評価法として興味をもった研究者は多いだろう.今後のさらなる展開が期待される.引き続き行われた一般講演では,近野佑太(秋田大学大学院)らは,FIBを照射した単結晶ダイヤモンドに生じる変質層を可視・深紫外顕微ラマン散乱によって評価した.深紫外光照射によって変質層が消失するとともに,アモルファスカーボンに類似した組織が観察されたことを報告した.加藤有香子(産業技術総合研究所)らは,位相差顕微鏡でダイヤモンド基板上の研磨傷周辺で局所的に生じた面内ひずみを評価した.精密研磨によりこの面内ひずみが除去できるが,約30μmの深さ方向にはひずみが残留していることを報告した.嶋岡毅紘(物質・材料研究機構)らは,カソードルミネセンス(CL)法を用いて高濃度ボロンドープダイヤモンド結晶面内のキラー欠陥検出を試みた.リーク電流の多い試料から420nmの強いCL発光像が見られたことを報告した.寺地徳之(物質・材料研究機構)らは,ホモエピタキシャルダイヤモンド薄膜のCL法による欠陥評価を行い,酸素添加条件で成長させることにより研磨傷に起因する欠陥を低減できる一方で,Ⅰb基板に起因する欠陥は残存することを報告した.神津知己(秋田大学)らは,ta-C薄膜の深紫外光照射による損傷を原子間力顕微鏡によって観察し,大気とアルゴンの雰囲気の違いによって薄膜に与える深紫外光照射の影響が大きく異なることを報告した. 第2日目のポスターセッションは,ダイヤモンドの合成・評価・デバイスなどを中心に33件の発表があり,初日と同様,活発な意見交換がなされた. 特別講演は遠藤守信氏(信州大学)に「ナノカーボンの科学と応用」と題してご講演いただいた.炭素材料の歴史紹介に始まり,ご自身が携わられた炭素繊維の合成実験でのカーボンナノチューブ(CNT)の発見の経緯,そして,CNTはすでに工業レベルでの応用が始まっていることなど,豊富な事例とともにご紹介いただいた.講演の中で,実験・研究環境の整わない中でさまざまなアイディアを出し,試行錯誤で実験に取り組まれたご経験談が印象深かった.カーボンナノチューブ合成の先駆けとなったご業績を振り返る良い機会となったと同時に,学生や若手研究者には示唆に富んだ有意義な講演であったと感じた. シンポジウムの第2日目に行われた懇親会は招待者を含め105名の参加者で盛大に行われた.冒頭,当フォーラム会長の光田好孝氏(東京大学)の挨拶に始まり,来賓として東京大学生産技術研究所所長の藤井輝夫氏にご挨拶をいただいた.加茂睦和会員による乾杯の音頭を皮切りに参加者は和やかな雰囲気の中で懇親を深めた.懇親会の途中,ポスター賞の発表が行われ,エントリー者44名の中から,最優秀賞に中山正光氏(慶應義塾大学),優秀賞に倉林佑輔氏(日本工業大学),齋藤裕紀氏(電気通信大学),原田洋平氏(旭ダイヤモンド工業),石井一樹氏(東海大学)の4名が選出された(末尾に詳述する). 終始和やかなムードで進行した懇親会は次回第31回シンポジウムの実行委員長である鹿田真一氏(関西学院大)の挨拶で中締めとなった.
【第3日目】 第3日目午前のセッションは化学・バイオ分野に関する報告があった.伊藤誠人(青山学院大学)らは,ヘテロエピタキシャルダイヤモンドを下地とし,ホウ素添加ダイヤモンド(111)をエピタキシャル成長させることができたことを報告した.このように作製したホウ素添加ダイヤモンド(111)において,良好な基礎電気化学特性を示されたことが説明された.渡辺剛志(慶應義塾大学)らは,ホウ素ドープダイヤモンド電極における新規電解発光現象について報告した.水溶液中の硫酸イオンの電解酸化により生じる過硫酸イオンとルテニウム錯体との反応により電解発光が起き,これがダイヤモンド電極特有の現象であることが説明された.PrastikaKrismaJiwanti(慶應義塾大学)らは,ボロンドープダイヤモンド電極を用いたアンモニア水溶液中での二酸化炭素の電解還元により,高効率でメタノールが生成することを報告した.メタノールが生成する条件として,pHとともにアンモニアの存在も重要であることが説明された.寺島千晶(東京理科大学)らは,銀を担持させたホウ素ドープダイヤモンド電極に-1.6V vs. Ag/AgClのバイアスを印加した状態でエキシマランプ(222nm)による光照射を行うことで,二酸化炭素を光電気化学的に一酸化炭素へ還元できることを報告した.13CO2を用いた実験により,生成した一酸化炭素が二酸化炭素の還元により生じたことが明らかにされた.中嶋啓人(東京理科大学)らは,平均粒子径300~2600nmのさまざまな粒径のダイヤモンドパウダを基材として導電性ボロンドープダイヤモンド(BDD)パウダを作製し,その電気化学特性について報告した.粒子径が大きくなるほど,BDD層の厚さが増大し,sp2炭素成分が少なくなるとともに,それを用いたスクリーン印刷電極において,ウシ血清アルブミンの電解検出感度が向上することが説明された.長谷部光泉(東海大)らは,フッ素添加非晶質炭素系薄膜における抗血栓性メカニズムおよびその医療デバイスへの応用において求められる非晶質炭素膜の特性の違いについて報告した.カテーテルや血液ポンプなどの異なるデバイスへの応用に関して,成膜法や水素・フッ素の含有量を変えた非晶質炭素薄膜の適性について説明があった.寺本篤史(TOTO)らは,浴室用の鏡に水素含有ダイヤモンドライクカーボン(DLC)をコーティングすることで水垢汚れが落ちやすくなることを報告した.水素含有DLCを用いることで,OH基など水垢と結合する表面官能基が少なくなり,比較的容易に除去できるようになったとの考察がなされた. 第3日目午後のセッションではデバイス応用に関する報告があった.松本 翼(金沢大学)らは,ダイヤモンドp-MOSFETを作製し,FET特性を評価した.p形チャネルがn形層(リン濃度6×1016cm-3)に形成されると報告した.ノーマリーオフ特性をもっており,デバイス応用に適しているが,ドレーン電流は数mA/mmと現時点では小さい値である.また選択成長時にチャネル部を覆っていた金属がチャネルに影響を及ぼすのではないかという質問もあった.今後の継続的な研究発表に期待したい.劉江偉(物質・材料研究機構)らは,ダイヤモンドMOSFETでロジック回路を作製した.大井信教(早稲田大学)らは,高温ALDにより比較的厚いAl2O3絶縁膜を作製し,デバイスの高温特性を評価した.300℃においてもドレーン電流のオンオフ比が高いこと,またダイヤモンド成長時の原料に用いるメタンと二酸化炭素のガス濃度を1.5%とすることでデバイス特性の高温安定性に優れることを示した. 山口尚秀(物質・材料研究機構)らは,ダイヤモンド表面伝導度に現れる興味深い磁界強度依存性について発表した.実験では表面キャリヤ濃度を高めるために,イオン液体を使ったFET構造での評価を行った.T=2Kにおいて負の磁気抵抗を観測し,さらにはシュブニコフ・ドハース振動の観測に初めて成功したことが報告された.露崎活人(早稲田大学)らは,単結晶高濃度ホウ素ドープダイヤモンドを用いた超伝導量子干渉計(SQUID)を作製し,多結晶ダイヤモンドの場合よりも動作温度を高くできることが示された.寥 梅勇(物質・材料研究機構)らは,単結晶ダイヤモンド薄膜でカンチレバーを作製し,その機械振動特性を評価した.カンチレバーを作製する際にイオン注入によるダメージ層を形成することでカンチレバーの下部にフリーな空間をつくり込むが,このダメージ層の一部がカンチレバーに残存していることが,機械振動特性の劣化につながっていることを示した. 節目の大会として行われた第30回ダイヤモンドシンポジウムでは,企業展示が9社,広告掲載が1件とこれまでで最も多い出展を得た.最後に,本シンポジウムの会場準備と運営は現地実行委員の町田友樹氏(東京大学)と町田研究室のメンバの皆様にご尽力いただいた.この場をお借りして深く感謝の意を表します.
【ポスター授賞者一覧】 ポスター賞エントリー者:44名 最優秀賞 慶應義塾大学大学院 中山 正光 P1-32「フッ素添加DLCの抗血栓性メカニズムの解明:血漿タンパク質吸着量および吸着形態の評価」 優秀賞 日本工業大学大学院 倉林 佑輔 P1-25「ダイヤモンドコーティングした超硬合金基板の平面曲げにおける疲労限度」 優秀賞 電気通信大学大学院 齋藤 裕紀 P2-12「Si基板上ダイヤモンド単結晶膜の成長時における窒素流量変調効果」 優秀賞 旭ダイヤモンド工業(株) 原田 洋平 P2-25「マイクロ波液中プラズマ法によるホウ素ドープダイヤモンドの高速合成」 優秀賞 東海大学大学院 石井 一樹 P1-13「C60を固体炭素源とする透明導電膜の形成」
青野 祐子(東京工業大学) 近藤 剛史(東京理科大学) 寺地 徳之(物質・材料研究機構) 葛巻 徹(東海大学) |