■■■ 報 告 ■■■ |
■■■ 第32回ダイヤモンドシンポジウム ■■■ |
第32回ダイヤモンドシンポジウムは,平成30年11月14日(水)〜16日(金)の3日間,電気通信大学講堂で開催された.ダイヤモンドシンポジウムの電気通信大学開催は20年ぶり,平成30年は同大学創立100周年に当たり,その事業の一環として後援いただくことになった.講演件数は,口頭発表32件(基調講演含む),ポスター発表47件,特別講演1件で,参加者は招待者を含め188名であった.主にダイヤモンド結晶成長関連の講演件数が減少傾向にあったが,口頭発表・ポスターセッションとも活発な議論,意見交換がなされた. まず,ダイヤモンド半導体に関連するセッションについてまとめる.セッションとしては,薄膜成長,デバイス基礎評価,キャリヤ輸送,量子センシングがあった.興味を引いた講演を以下に記す. 北嵜仁(青山学院大学)らはダイヤモンドへテロエピタキシャル成長に用いる下地基板として,これまで報告してきた酸化マグネシウムに変わり,サファイアを用いた結果を報告した.まずαサファイア(0001)上にイリジウムを成長させ,XRD極点図からヘテロエピタキシャル成長していることを確認した.その後にダイヤモンド成長を行い(111)薄膜を得た.結晶厚膜化が今後の課題になる.猪野圭介ら(電気通信大学)はシリコン基板上への高配向膜成長において,高αパラメータ条件を用いて(111)ファセットからなるピラミッド形状を事前に形成し,その後に低αパラメータ条件に変えることで(100)ファセットの拡大を試みた.ファセットサイズは現状では10μm程度で頭打ちしているようであり,ファセットサイズ増大が期待される.寺地徳之ら(物質・材料研究機構,以降NIMS)はダイヤモンド(111)薄膜の高純度化と厚膜化について報告した.桝谷聡士(佐賀大学)らは,ダイヤモンド単結晶のX線トポグラフィーを応用したセクショントポグラフィーによる結晶欠陥の三次元観察を行った.種基板から成長方向へ伝搬する転位が数種類検出され,一部は湾曲しているような像として観測された.今後の詳細な構造決定に期待したい.嶋岡毅紘ら(NIMS)は,ダイヤモンドSBDの漏れ電流に寄与する結晶欠陥を検出する手法として,エッチピット法を適用した. 久樂 顕ら(早稲田大学)はH終端縦型MOSFETでの遮断周波数と出力電力密度の増加を目指したデバイス作製を行った.A級動作(1GHz)するデバイスで,最大出力電力密度3.8W/mmを得た.この値は,パワーデバイスとして競合するSiCやGaNと比較しても遜色ないものである.蓼沼佳斗ら(早稲田大学)は,電解質溶液ゲートのダイヤモンドFETを用いて,海中を媒体とした通信網への展開の可能性について調べた.海水は伝導性に優れているため,参照電極に電圧を印加すると,それに対応するドレーン電流が流れる.50m程度は信号検知できることが示された.市川公善ら(NIMS)は金ショットキー電極の電気的特性に現れる,理想因子が大きな成分について議論した.一般に発生・再結合電流として知られている現象であるが,逆方向電圧印加によりこの電流成分が低減することがわかった.本部達也(中央大学)らは,ダイヤモンドダイオードからの電子放出を,キャリヤ輸送機構やEL,CL評価結果と合わせて包括的に議論した.今後,キャリヤドリフト層であるi層の結晶性と電子放出効率との相関についての報告を期待したい.笹間陽介ら(NIMS)は,ダイヤモンドFETの絶縁膜に,汎用のアルミナではなくて高品質な単結晶六方晶窒化ホウ素を用いた.TEM観測からは,張り合わせ形成されたhBN/ダイヤモンドヘテロ構造界面が原子レベルで平滑であり,方位もそろっていることが確認された.またキャリヤ輸送評価では低温で金属/絶縁体相転移が観測され,室温ではアルミナよりも高い移動度が得られた.本報告は,ダイヤモンドFETを形成する際のゲート絶縁膜選定に関して,一石を投じる内容といえる. 量子センシング関連では,森下弘樹(京都大学)らは,NV中心のノイズ耐性を高めるために,離散化したマイクロ波モードとNV中心の電子スピンを結合させ,NV中心をドレスト状態にした.この手法によりスピン横緩和時間T2を1.5msと2桁程度長くすることを示した.「ドレスト状態前のT2が比較的短いが,T2がもっと長いものではこの効果はどの程度効くのか」という質問があった.吉澤明男ら(産業技術総合研究所)は,NVセンタを共焦点蛍光顕微鏡で評価する際に,試料を浸漬するオイル自体の自家蛍光がアンチバンチング評価にどのように影響を与えるかを調べた.レーザパワーとともに光検出磁気共鳴法(ODMR)での半値幅が変化していたが,その理由については現時点では不明とのことであった.磁気センサとして用いる場合には,この現象についての理解も重要と思われる.阿部浩之(量子科学技術研究開発機構)らは窒素を含むナノダイヤモンドに照射エネルギー2MeVの電子線照射を行い,NVセンタの高濃度形成を目指した.照射線量や熱処理温度によりNVセンタ濃度が変化した.ナノダイヤモンドは細胞内に容易に取り込まれるため,NVセンタを含むナノダイヤモンドを用いれば細胞の活動をモニタすることができる.NVセンタを高濃度かつ高品質に含むナノダイヤモンド形成は,今後ますます重要になると考えられる.小野田忍(量子科学技術研究開発機構)らは,イオン注入法により強結合するNVセンタ群を形成するために,窒素を複数含む有機化合物イオンをビーム源に用いてNVセンタを形成した.この手法を用いると共焦点蛍光顕微鏡の測定スポット内にNVセンタを三つ含むものを形成することができ,双極子結合強度が10kHz以上の三つのNVセンタ群ができていることが報告された.立石哲也(早稲田大学)らは,ダイヤモンド表面を窒素で終端することにより,汎用の酸素終端状態に比べてNVセンタの電荷安定性が高まることを報告した.楊 棒(東京工業大学)らは,ダイヤモンドJFET内部の電界評価を,NVセンタを用いて行った.NVセンタはガスソースFIBを用いてアレー状に形成された.T2が短くなる浅いNVセンタを電界評価に用いる理由やp層中でのNVセンタの電荷安定性が質問にあがった.林 寛(京都大学)らは,NVセンタを用いた温度測定に関する発表をした.ODMRに現れるシャープディップを利用し,温度計測の高分解能化について検討した. 化学・バイオ分野では残念ながら口頭発表が設定されなかったが,ポスターセッションにて木元佳樹ら(東京理科大学)がダイヤモンド電極の新規表面化学修飾法として電子線グラフト重合法を報告した.修飾されたビニルフェロセンの酸化還元反応電流が電荷移動律速であったことから,表面吸着としての可能性を示唆した.また,ダイヤモンド表面上のラジカルは長期に安定であることを示した.高木一成ら(慶應義塾大学)は,ホウ素濃度およびsp2炭素含有量を変化させたホウ素ドープダイヤモンドを作製し,陽極酸化後の電気二重層容量はsp2炭素が電極表面に多く存在する試料で顕著に増大することを明らかにした.工藤晃生(東京電機大学)らは,金電極表面にフッ素含有DLCを成膜することで,大腸菌接着促進効果が得られ,大腸菌を対象としたQCMセンサの検出感度安定性が向上することを示唆した.さらに中村挙子ら(産業技術総合研究所)は,ポリイミド,ABS樹脂,ポリエチレンの各種ポリマー材料について,光表面化学修飾法で簡便に硫黄官能基化され,金属ナノ粒子の自己組織化によって金属担持が可能であることを明らかにした.また,久米篤史ら(ダイセル)は熱酸化処理後のナノダイヤモンド表面にフェノール性水酸基が存在することを明らかにし,PEEK樹脂との複合材の熱重量分析により,ナノダイヤモンドが樹脂の熱分解を抑制することを示唆した. 機械・工具の分野では,赤星祐樹(三菱マテリアル)らがダイヤモンド膜に添加したホウ素が切削性能に及ぼす影響について報告した.ホウ素添加は高温でのはく離を抑制するが,これはダイヤモンド膜の黒鉛化温度が上昇することから耐熱性および耐酸化性の向上によるものとした.小泉 剛ら(東京工業大学)はレーザ照射により単結晶SiC表面にカーバイド由来のカーボン層を形成する方法において,適切な基材温度を設定することにより表面形状の変化を抑えたまま摩擦係数を低くできることを明らかにした.また,沖村奈南ら(東京工業大学)は,DLCを被覆したCu,Ti粒子からコールドスプレー法によって複合材料膜を形成し,耐摩耗性が付与できたことを報告した.さらにDLC関連として,中澤日出樹(弘前大学)らはケイ素および窒素を添加したDLC膜の特性へのアニール効果について比較検討した結果について報告した. ナノカーボン関連では,山田貴壽ら(産業技術総合研究所)はプラズマCVD法で成膜した二層グラフェンの層間にカリウムを添加した結果,n形化の可能性を述べるとともに,カリウムの存在が安定しているであろうことを示した.永田兆嗣(東海大学)らは,C60薄膜を固体炭素源として石英基板上への炭素導電膜の直接合成を試みた.真空蒸着で形成されたC60薄膜に10-4Paの減圧下でUV照射することにより,抵抗率10-3〜10-4Ω・cmの光透過性の膜が得られ,5層程度の微小グラフェン膜に変化している可能性を示した.さらに仁木雅也ら(青山学院大学)は,α-Al2O3(0001)に成膜したIr基板の上にグラフェンをCVD成長させて,その電気的特性を評価した.その結果,高温成膜したIr基板を用いることでグラフェンのキャリヤ移動度を向上させることができることを明らかにし,さらなる成長条件などの最適化が必要であるとしている. 特別セッションは第2日目午後,「計算科学的アプローチの展開」と題して行われた.ナノカーボン材料と計算科学のスケール的なマッチングに伴い,計算科学による高度な物性解明,物性予測への期待が膨らんでいる.このセッションでは,広く計算科学的アプローチによるニューカーボン系材料の物性解明・予測および新機能の提案について講演があった.基調講演は中村淳氏(電気通信大学)に「グラフェンは疎水性か」と題してご講演いただいた.分子動力学シミュレーションをもとに,グラフェンで観測される疎水性が,グラフェン上に形成される閉じられた水分子の2層構造(2層水)によることが示唆された.実験的には想像が難しい描像が計算科学的アプローチにより示されたことは驚きであった.引き続き行われた一般講演では,山下寛樹ら(東京工業大学)が,ダイヤモンドおよびcBNの不純物状態について,密度汎関数法に基づく第一原理計算にドナーとアクセプタを同時にドープした大規模supercellモデルを適用し,より高い精度でイオン化エネルギーが求められることを報告した.松山治薫ら(電気通信大学)は,白金に代わる燃料電池のカソード材料として期待される窒素ドープグラフェンナノクラスタについて,密度汎関数に基づく第一原理計算よりその酸化還元反応の触媒性が有効であることを示し,触媒性能についてナノグラフェン上の窒素吸着位置依存性を議論した.太田立志ら(東京工業大学)は,カーボンオニオンの圧縮環境下での変形挙動について分子動力学法による解析の結果を報告した.ダイヤモンド平板でカーボンオニオンを挟んだモデルにおいて,ダイヤモンド表面の酸素終端の有無による粒子開裂の挙動の違いが示された. 特別講演では,大学院時代から超高圧技術の世界に携わり,以後一貫して高圧下での固体物性や材料開発研究に邁進された住友電気工業株式会社アドバンストマテリアル研究所の角谷 均氏により,「高圧合成ダイヤモンドの新展開」と題した講演がなされた(図1).高品質単結晶ダイヤモンドを中心に,その後のナノ多結晶ダイヤモンド/cBN合成について,生成法や材料特性,それらの応用など幅広く,かつ世界的にも顕著な功績となっている研究開発成果がまとめられた.成果の多さに比べて講演時間が相当短いようであった. 企業展示は会場北のロビー一画で行われた.展示に5社,広告掲載に1社のご協力をいただいた. シンポジウムの2日目に行われた懇親会は招待者を含め92名の参加で盛大に行われた.冒頭,当フォーラム会長光田好孝氏(東京大学)の挨拶に始まり,来賓として電気通信大学理事の田中勝己氏にご挨拶をいただいた.その後,当フォーラム前会長の川原田洋氏(早稲田大学)による乾杯の発声で宴が始まった. おいしい純米銘酒が加わり参加者は終始和やかな雰囲気の中懇親を深めた.懇親会の途中,ポスター賞の発表が行われ,エントリー21名の中から,最優秀賞に西村隼氏(早稲田大学),優秀賞に高木一成氏(慶應義塾大学),川又友喜氏(アダマンド並木精密宝石),稲葉優文氏(名古屋大学)の3名が選出された(図2). 終始和やかなムードで進行した懇親会は,次回第33回シンポジウムの実行委員長となる平田敦(東京工業大学)の挨拶で中締めとなった. 一色 秀夫(電気通信大学) 寺地 徳之(物質・材料研究機構) 平田 敦(東京工業大学)
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