■■■ 報 告 ■■■ |
■■■ 第33回ダイヤモンドシンポジウム ■■■ |
第33回ダイヤモンドシンポジウムは,2019年11月13日(水)〜15日(金)の3日間,東工大蔵前会館で開催された.東京工業大学でのダイヤモンドシンポジウム開催は第24回以来の9年ぶりとなった.初日と2日目は同館内くらまえホール,3日目はロイアルブルーホールに会場を移して講演会が開かれた.講演件数は,口頭発表35件,ポスター発表63件,特別講演1件で,参加者は招待者を含め207名であった.口頭発表では二つの特別オーラルセッション「DLC」,「NVセンタ」が設定された.講演件数および参加者数はここ数年間のシンポジウムと比較して1割ほど増加した.そのため,3日目も全日の開催となった.企業展示は5社,広告掲載のみは1社を集めた.ポスターセッションと企業展示はくらまえホール脇のギャラリーにて実施された(図1).実行委員長は学術委員長の平田 敦(東京工業大学)が兼任した. ナノカーボン関連の講演はシンポジウムのオープニングセッションにまとめられた.谷口尚(物質・材料研究機構)は,超高圧合成した窒化ホウ素における炭素などの残留不純物について報告した.結晶の超高純度化の観点だけでなく,欠陥を利用した単一光子発生や二次元結晶とのファンデルワールス接合においても重要なテーマであり,同位体制御技術も含めて議論がなされた.続いて山下寛樹(東京工業大学)は,ダイヤモンドおよび立方晶窒化ホウ素における不純物状態を密度汎関数理論に高精度に計算する手法を報告した.ドナーとアクセプタを同時にドープした系を考慮して不純物準位を予測する手法は六方晶窒化ホウ素への展開も期待され興味深い.さらに山田貴壽(産業総合研究所)は,電界放出電子分光,沖川侑揮(産業総合研究所)は,ラマン分光法を用いて,それぞれグラフェン/n形ダイヤモンドヘテロ構造およびCVDグラフェンの評価を行った.グラフェンのラマンスペクトルにおけるGバンドピークのシフト量とキャリヤ移動度の相関が有意であれば興味深い. 次にダイヤモンド半導体に関連するセッションについてまとめる.セッションとしては,薄膜成長,ドーピング,デバイス基礎評価,量子センシングがあった.興味を引いた講演を以下に記す. 市川公善ら(物質・材料研究機構)や嶋岡毅紘ら(物質・材料研究機構)は,下地基板のオフ角や研磨グレードがダイヤモンド{111}薄膜の結晶性やホウ素の取込み率に与える影響について調べた.小泉聡ら(物質・材料研究機構)は,ガス流量が試料ホルダ周辺で局所的に増加するような構造をつくり込むことで,リン取込み率が向上することを示した.片宗優貴(九州工業大学)らは,ホットフィラメント法によるリンドープn形ダイヤモンド成長について述べた.この手法でのn形ダイヤモンド作製は世界で初めてと思われる.関裕平ら(神奈川大学)や小倉政彦(産業技術総合研究所)らは,ダイヤモンド単結晶へのホウ素イオン注入について報告した.どちらの報告でも,1019cm−3を超える高濃度注入に成功していることが示された. 金久京太郎(早稲田大学)らは,最表面を窒素で終端したのちにダイヤモンド成長を行うことで,ダイヤモンド表面近傍への浅いNVセンタの形成を試みた.窒素終端を施すことで成長膜中の窒素濃度が増加したことからドーパントは終端元素であると推測されたが,窒素同位体を用いた傍証実験が必要とのコメントがあった.寺地徳之ら(物質・材料研究機構)は,ダイヤモンドCVD成長における高濃度窒素ドーピングについて報告した.小野田忍(量子科学技術研究開発機構)らは,窒素ドープダイヤモンドへのポスト高圧アニールによりNVセンタの配向化を試みた.高圧アニールを施すことで結晶変形が確認されたが,NVセンタの配向については現時点では観測されていない.新しい試みであると同時にイオン注入の欠点である非配向性を払しょくする可能性があり,今後の進展に期待したい.関口雄平(横浜国立大学)らは,NVセンタの電子スピンと光との相互作用を大きくするために,ダイヤモンド結晶表面に固体埋込みレンズ(SIL)を作製した.SILにより取出し効率で7倍の改善が見られた.室岡拓也(東京工業大学)らは,NVセンタの光読取りを行うためのpin素子作製を行った.内部電界のため外部電圧を印加することなくNVセンタ起因の光電流を取り出すことができた.本系で達成できる最低NVセンタ濃度がどの程度か,光検出器としての特性とNVセンタ感度との対応がどうなっているかなどの明らかにすべき点があり,続報に期待したい.ヘルブシュレブ エルンスト(京都大学)らは,ダイヤモンドへ1ppm程度のリンをドープすることで,世界最高のコヒーレンス時間を得ることに成功した.ドナードーピングによるT2向上という新しい方向性を示す興味深い報告であった.本報告ではノイズスペクトルを取得したが,T2を律速している核スピンの同定ができなかった.今後,別の評価法を組み合わせることで,T2律速要因が明らかになることを期待したい.石綿整ら(東京工業大学)は,ダイヤモンド表面に付着した有機物の核スピンイメージングについて述べた. 新倉直弥ら(早稲田大学)は,縦型2DHG構造をもつダイヤモンドMOSFETについて紹介した.鈴木優紀子ら(早稲田大学)は,ダイヤモンドMOSFETのゲート酸化膜を厚膜化することでドレーン電流の大信号化を試みた.小林篤史(産業技術総合研究所)らは,ホットフィラメント成長時に混入する金属を用いることで転位が低減することを実証した.転位低減メカニズムの解明が求められていることが質疑応答から推測された.花田尊徳(北海道大学)らは,ミニマルファブを用いてダイヤモンドSBDを作製した. 廖 梅勇ら(物質・材料研究機構)は,単結晶ダイヤモンドMEMSの共振周波数と外界温度に依存性があることを見いだし,温度センサとしての可能性について述べた.測定は真空中であり,水分子の吸着がある大気中に適用する場合には,適切なパッシベーションが必要とのことであった.川口柊斗ら(早稲田大学)は,ダイヤモンドIGFETで実用時の使用環境に近づけるためにSUS製容器をゲートとしてペーハセンサ特性評価を行った.申在原(矢崎総業)らは,自動車に搭載した電池の電流と温度を同時計測することを目的とした,NVセンタを用いた新規のセンサについて紹介した.ODMR信号の極小値に対応するマイクロ波周波数を簡便に得ることができる2点ロック法を提案した.周辺ノイズとの切分けはどの程度できるのかなど,実デバイスとしての性能評価が今後報告されることを期待したい. 機械関連では,小山浩志(アダマント並木精密宝石)らは,ダイヤモンド基板表面に機械化学研磨(CMP)を施し,その直接的な影響を明らかにするため,ホモエピタキシャル膜を成長させて表面モフォロジーを観察した.CMP処理時間の増加とともに,ホモエピタキシャル膜表面のピットの大きさは小さく,数も少なくなること,100時間のCMPでは明瞭な原子ステップが観察されることを報告した.吉武剛(九州大学)らは,同軸型アークプラズマ堆積法によりナノダイヤモンド膜の成長を試みた結果について報告した.物理気相成長法の一種である同法により,硬度60GPa,膜厚10μm以上のUNCD/a-C膜の堆積を低基板温度で実現している.今後の課題として膜の付着強度があげられた. DLC関連では,龍田 誠(三菱マテリアル)らはDLCコーティング工具において重要な耐凝着性向上のため,アルミニウム合金切削時における凝着物と膜質の関係について調べ,凝着はDLC膜上でのアルミニウム合金酸化物の生成が起点であること,硬度が低いDLC膜ほど凝着が生じやすい傾向のあることを示した.針谷 達(豊橋技術科学大学)らは,フィルタドアーク蒸着法により作製した水素フリーDLC膜および水素化DLC膜について分析を行い,DLC膜の特性の傾向について調べた.その結果に基づき,ta-C:Hとして分類されるようなDLC膜の硬さと水素量の取り得る範囲は非常に狭いとする分類法を提案した.続いて,間野大樹ら(産業技術総合研究所)は,ボールオンプレート方式のSRV試験機を用いたDLC膜のはく離特性を評価した結果について報告した.同試験機は往復動型であり,ボール試験片に荷重をステップ的に増加させながら摩擦係数や揺動振幅を測定するものであり,結果として経時変化は3タイプに分類されること,はく離荷重は同一試験条件でも大きくばらつくことを示した.最後に,新井大輔(レスカ)らがマイクロスクラッチ試験により,膜厚300nm未満のa-Cおよびa-C:H膜に対して密着性を評価した結果について報告した.密着力の指標とされる臨界荷重値がばらつきなく明瞭に判別でき,触針径の増加とともに増加することが示された.また,マイクロスクラッチ試験と押込み硬さ試験機で,破壊荷重の触針径依存性について類似した傾向が得られている. 化学・バイオ分野では,冨ア真衣(慶應義塾大学)らは,ホウ素ドープダイヤモンド(BDD)電極における二酸化炭素(CO2)の電解還元に関して,電解質による生成物の選択性制御を検討した.陰極室の電解液をKClとした場合,CO2の電解生成物としてギ酸(HCOOH)が多く得られたが,電解液をKClO4とした場合には一酸化炭素(CO)の割合が多くなることが報告された.これは,CO2還元中間体の電極表面への吸着状態の違いに基づくものと考察され,全反射赤外(ATR-IR)スペクトルの結果もそれを支持するものであった.イルハム(慶應義塾大学)らは,BDD電極を用いた電気化学発光について,異なる手法を提案し,その結果および特徴について報告した.Ru(bpy)32+とトリプロピルアミン(TPA)を用いる手法では,BDD電極において高い発光強度が得られており,高感度なイムノアッセイに応用できることが期待される.その他,TPAの代わりに電解液中の硫酸イオン(SO42−)や過酸化水素(H2O2)を用いた系についても報告された.鬼頭大海(東京電機大学)らは,DLC表面への細胞接着挙動に関してDLCの構造による影響を報告した.HighPowerImpulseMagnetronSputtering(HiPIMS)法など各種手法により成膜したDLC膜について,吸収端近傍X線吸収微細構造(NEXAFS)およびX線光電子分光法(XPS)によるsp2構造比率,分光エリプソメトリー測定における消衰係数を調べ,細胞機能との相関を検討した.その結果,DLCの消衰係数と細胞の接着・凝集・増殖との間に相関が見られ,最適化の指標をして利用できることが示唆された.松永智広(東京理科大学)らは,ホウ素ドープダイヤモンドパウダ(BDDP)インクを用いたスクリーン印刷電極の薬剤濃度測定への応用を目指した高感度化に関する検討を報告した.抗菌剤であるシプロフロキサシンの検出においては,水素終端BDDPよりも酸素終端BDDPを用いたほうが高感度な測定が可能であり,人工尿中からの検出も可能であることが説明された.またシステインの検出においてはsp2炭素成分による効果により,BDD薄膜電極よりも低電位での検出が可能であることが報告された.須貝聖也(東京理科大学)らは,導電性ホウ素ドープナノダイヤモンド(BDND)粒子の作製と水系電気二重層キャパシタ(EDLC)への応用に関する報告を行った.ナノダイヤモンド粒子を基材とし,CVDによるBDD成長とその後の空気中加熱処理によるsp2炭素除去のプロセスに関して最適化を検討し,高比表面積かつ十分な導電性をもつBDNDが得られた.BDNDインクを電極活物質,1MH2SO4を電解液とする積層型EDLCを試作し充放電特性を評価したところ,活性炭を用いた場合よりも高エネルギー密度かつ高出力密度のデバイスを作製できることが報告された. 第2日目午後,ポスターセッション後の特別講演は,今年度で定年をお迎えになる三重大学大学院工学研究科教授の小海文夫氏によって行われた(図2).講演題目は「固体にレーザ光をあて続けて30年余り」であった.ポリマーフィルムにパルスレーザを照射してレーザアブレーションの研究を開始したことから,大型プロジェクトにおける研究内容,カーボンナノチューブやナノホーンの成長,多面体グラファイト形成,ナノカーボンを基材とした複合ナノ物質形成から最近のSiOxナノワイヤ形成と,非常に多岐にわたる研究成果がまとめられて紹介された. 特別講演後に行われた懇親会には招待者を含め102名が参加し,盛大に行われた.当フォーラム会長大竹尚登氏(東京工業大学)の冒頭挨拶に始まり,来賓として東京工業大学学長の益一哉氏にご挨拶をいただいた.そして,宝石学会(日本)の会長の神田久夫氏による乾杯の発声で宴が始まった.参加者は終始和やかな雰囲気の中で懇親を深めた.懇親会の途中,ポスター賞の発表が行われ,エントリー34名の中から,最優秀賞に花輪藍さん(慶應義塾大学),および寳田晃翠さん(早稲田大学)の2名,優秀賞に齋藤一拓さん(東京電機大学),小林篤史さん(産業技術総合研究所)の2名が選出された(図3).最優秀賞は同点のため2名となった.その後,懇親会は次回第34回ダイヤモンドシンポジウムの実行委員長である栄長泰明氏(慶應義塾大学)の挨拶で中締めとなった. 町田 友樹(東京大学) 寺地 徳之(物質・材料研究機構) 近藤 剛史(東京理科大学) 平田 敦(東京工業大学)
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