カレンダーに戻る

 報  告

 第37回ダイヤモンドシンポジウム 

発表件数の推移

図1 特別講演の様子

第37回ダイヤモンドシンポジウムが2023年11月14日(火)〜16日(木)の3日間にわたり,東海大学湘南キャンパス12号館5階第一〜第三会議室を会場として開催された.2019年第33回以来の完全現地開催となった.講演件数は口頭発表23件(特別講演を除く),ポスタ発表43件であり,講演賞には10件,ポスタ賞には18件の応募があった.初日午前は合成関連のセッションから始まった.市川公善ら(金沢大学)は,熱フィラメントCVD法でのホモエピタキシャルダイヤモンド(111)高速成長に関して報告した.フィラメント温度を3000℃にするためにタンタルを用い,2層構造とした熱源構成とした.フィラメントと基板間の距離を縮めることで成長速度を10μm/h程度まで向上させることに成功した.また,このときの成長速度はプリカーサの供給律速で決まっていることを述べた.嶋岡毅紘ら(産業技術総合研究所)は,ダイヤモンドバルク成長において直交面成長を取り入れることで転位密度を減少させた.この手法で昨年度は転位密度を104cm−2台まで低減させたが,今年度は103cm−2台まで低減させることに成功した.XRDの半値幅を評価したところ,成長に用いたCVD基板よりも直交面成長させた結晶のほうが小さくなることを確認した.

増田頼葵(青山学院大学)らは,これまでのスパッタ蒸着したイリジウムに代わり,イリジウム単結晶を用いることでヘテロエピタキシャルダイヤモンドの結晶性向上を試みた.ダイヤモンドの反りは測定法により60〜150μmと幅があり,スパッタ蒸着イリジウムとの明確な差は見られなかった.反りのさらなる低減が必要であると述べた.中井太一ら(青山学院大学)は,ヘテロエピタキシャルダイヤモンド成長のためのイリジウムの作製をMOCVD法で行った.イリジウム有機金属化合物に含まれる炭素が残留しないように酸素を添加するが,これが酸化イリジウムの形成を促すことを報告した.酸素添加ではなくて水素添加をするのが良いのではないかというコメントがあった.

片宗優貴(九州工業大学)らは,熱フィラメントCVD法によりダイヤモンド多結晶薄膜が成長する際に,高濃度にリンドープを行うことで多結晶ダイヤモンドが平滑化することを示した.リンドーピング濃度の増加とともに結晶粒径が小さくなった.平滑化は微結晶化と関係し,結晶のファセット上で二次核発生が起こることで平坦化するとの機構を説明した.本結果と炭素原料濃度を増加させた場合に起こる二次核発生との差がどこかに見られるかという質問があった.

初日午後には,NVセンタ関連の発表がなされた.川瀬凛久(京都大学)らは,ターシャルブチルフォスフィンを用いたリンドーピングの課題として,合成装置内にリン元素が残留することを述べた.この課題に対して,反応圧力を高くすることで残留リンの結晶中への取込みが減少することを示した.質疑応答では,圧力と合わせてマイクロ波出力も変更をしていることを述べていたので,マイクロ波出力密度と残留リンの壁面からの放出やダイヤモンド結晶中への取込み率が変更された可能性があるように理解できた.リンを低減したダイヤモンドのスピンコヒーレンス時間を測定したところ2.2msと高い値を得ることに成功したと報告した.

蔭浦泰資(物質・材料研究機構)らは,水素終端したダイヤモンド表面に対して浅いNVセンタを形成したときのNVセンタの電荷状態について調べた.NVセンタは,まず窒素のイオン注入で表面近傍(〜16nm)に窒素デルタ層を形成し,ポストアニールで形成した.NVセンタの電荷状態が深さ方向にどのように分布するかを示した.表面伝導層を形成するアクセプタ濃度とイオン注入された窒素濃度の大小関係でNVセンタの電荷状態が変わることを示した.宮本良之ら(産業技術総合研究所)は,単一レーザ照射によりダイヤモンド結晶中の空孔がどういう機構で拡散するかを,シミュレーションから検討した.時間依存を考慮した第一原理計算から,孤立窒素から見て第二近接する空孔が窒素の第一近接の位置に移動し,NVセンタを形成することを示した.一方で,孤立窒素から見て第三近接する空孔がある場合には,空孔は窒素のほうに移動する傾向は見られるが,NVセンタの形成には至らなかった.

眞榮 力(物質・材料研究機構)らは,単空孔がNVセンタの荷電状態に与える影響を調べた.V0(中性空孔)はNV0(中性NVセンタ)よりも0.6eV低いエネルギー位置に準位をつくるため,ドナーである中性置換位置窒素の電子はV0に優先的に移動し,結果としてNV−の形成割合が減少することを示した.空孔は不純物ではないため,一般に使われる二次イオン質量分析(SIMS)法では検出できない.NVセンタを形成するうえで,結晶成長における純度制御だけではなくポストプロセスでの空孔低減も重要であると理解した.木村晃介(群馬大学)らはNVセンタの量子もつれ状態を形成し,これを用いた量子磁場センシングの可能性を調べた.まず有機化合物イオンを注入することで,近接するNVセンタを形成し,その後双極子結合が110kHzと大きいNVセンタ対を選定した.量子トモグラフィー測定から忠実度を0.95と見積もった.

2日目には電子デバイス関連の講演がまとめられた.n形ドーピングの新しいプロセス,ドーピング後の結晶品質とキャリヤ移動度の関連,適切なゲート絶縁膜などの要素技術の研究開発の発表に加え,磁性材料を用いた磁場センサやスピントロにクスをにらんだ研究も発表された.川島宏幸(京都大学)らは,前回に続き有毒ホスフィンに変わるTBPによるPドーピングの試みを発表した.以前はNVセンタのT2を長く保つことができることを確認したが,今回はn形電子そのものの移動度の評価結果を発表した.今後移動度向上のためには,アクセプタ準位のさらなる低減が必要と主張した.

山本稜将(早稲田大学)らは,ダイヤモンド上でのSiO2の還元とその後の自然酸化で生成されるC-Si-O絶縁膜を用いたチャネル(100)縦型MOSFETの性能を発表した.最高値で214mA/mmものドレーン電流と,MOSFETを高温動作環境から通常温度環境に戻した際の動作特性回復を報告した.小泉聡(物質・材料研究機構)らは,マイクロ波プラズマCVD法で作製したPドープダイヤモンド薄膜にて,高品質結晶性と電子移動度150cm2/Vを達成していることを確認し,MOSデバイス試作とその動作を発表した.笹間陽介(物質・材料研究機構)らは,水素終端ダイヤモンドのゲート絶縁膜として単結晶からへき開したhBNを用いたFETを発表した.水素終端時の大気暴露回避,Pd金属を斜め45°から蒸着する電極生成工程により,hBNをマスクとして利用できることを示した.形成されたFETは高いチャネル移動度を達成したことを報告した.

伊藤洋輔(大熊ダイヤモンドデバイス)らは,放射線耐性のあるダイヤモンドFETにて,バイポーラ型トランジスタに比べてのゲイン不足を補うべくユニットアンプの多段構成の回路を考案し,従来ダイヤモンドFETの32倍のゲインを達成できることを報告した.松島優希ら(金沢大学)は,Pよりもドナー準位が深いNをあえてn形領域に用いてダイオードを作製し,Nを高濃度で電極付近へドーピングすることで±10V印加電圧にて106以上の比率をもつ整流性を達成することを報告した.廖梅勇(物質・材料研究機構)らは,単結晶ダイヤモンドによるMEMS素子にキュリー温度の高い磁性金属コーティングをすることで,高温でも安定な磁場センシング機能を発揮するカンチレバー方式オンチップ磁気センサができることを報告した.河野慎ら(日本電信電話株式会社)は,スピントランジスタ応用を目指しており,ダイヤモンドへの高効率スピン注入のための磁性電極におけるショットキー障壁の評価と,接合部における高濃度ドーピングによる障壁低下を報告した.

3日目午前には評価関連の発表がなされた.田中 孝(産業技術総合研究所)らは,単結晶ダイヤモンド中の転位に関して,複数の手法によって同一転位部の評価を試みた.CVD単結晶ダイヤモンド基板上に成長させた後にリフトオフにて自立させたマイクロ波プラズマCVD単結晶膜を作製し,偏光顕微鏡,共焦点ラマン分光法,そして高角度分解能EBSDにより同一場所の転位部をおのおの評価した.偏光顕微鏡像とラマン分光法においては転位の集合体を示す同様なコントラストの像が観察された一方,高角度分解能EBSDでは,偏光顕微鏡像やラマン分光法では一つの集合体に見えた部分が二つに分離して観察された.これは,高角度分解能EBSDはラマン分光法に比べて測定径が10分の1より小さいため,分解能の差が観察像の差に現れたと考えられた.高角度分解能EBSDでは表面から数十nmの厚さ情報であるため,深さ方向の分析が可能なラマン分光法と組み合わせることで多角的な評価ができる可能性が示唆された.

稲田 力(関西学院大学)らは,ダイヤモンドエピタキシャル膜特性へのダイヤモンド基板表面が与える影響に関して報告した.高温高圧合成ダイヤモンドTb(001)を基板に用い,表面を(i)スカイフ研磨のみおよび(ii)スカイフ研磨に加え真空紫外光援用研磨により処理した基板,さらに(i)と(ii)へおのおのH2エッチング処理した計4種の基板上にBドープダイヤモンド膜をエピタキシャル成長させ,表面状態およびSBD特性による表面特性評価を行った.スカイフ研磨を施した場合,[110]方向へ高さ数nmの峰が形成されるのに対し,真空紫外光援用研磨を施した場合,スカイフ研磨時よりも高さは低く,方向性のないランダムな凹凸模様の表面形態になることがわかった.また,H2エッチング処理を施さないことにより凹凸高さは小さくなることが示された.おのおののSBD特性は成膜後の表面凹凸の算術平均高さに応じた傾向を示したことから,ダイヤモンドのエピタキシャル膜において高性能なSBD特性を得るための条件の一つとして,基板の前処理方法の最適化があげられる可能性が示された.

稲葉優文ら(九州大学)は,ダイヤモンドフィラーの伝熱シートへの応用に関して,ダイヤモンドフィラーの沈降制御のため,伝熱シート作製時の電極系に回転機構を備えることにより,ダイヤモンドフィラーの電解整列時に受ける重力の影響について報告した.無回転にて電圧を印加しない場合においてPolydimethylsiloxane(PDMS)中に分散したダイヤモンド粒子が沈降する条件をもとにし,回転を加えた場合,ダイヤモンドフィラーはPDMS内に分散し,回転により重力の影響が和らぐことが観察された.また,回転付与時に電圧を印加することにより,ダイヤモンドフィラーは伝熱シートの上端と下端を接続した鎖状構造を形成した.さらに,回転付与の有無の影響は,整列する鎖状の列の傾きなど構造へ違いを与えるだけでなく,回転を付与することで30%程度熱伝導率が高くなるなど伝熱シート特性向上に寄与する結果が示された.

また,清家清弥(九州大学)らより,同じくダイヤモンド材フィラーの伝熱シートへの応用に関して,鱗片形状のダイヤモンドフィラー適用に関する報告がなされた.鱗片形状のダイヤモンドフィラーは,熱フィラメントCVD法によるSi基板上の多結晶ダイヤモンド膜をSi基板よりはく離し,超音波処理にて粉砕することにより作製し,PDMSを母材とした伝熱シートにおける熱伝導率にて,粒状ダイヤモンドを用いた場合と比較し評価を行った.粒状ダイヤモンドと同じく,鱗片形状においても電圧を印加することにより伝熱シートの上端と下端を接続した鎖状構造を形成し,その熱伝導率は向上した.この理由の一つとして,鱗片形状の場合,粒状に比べてフィラー間の接触面積が大きくなったためと考えられ,鱗片形状のダイヤモンドフィラーの伝熱シート適用の有効性を示した.

松本 凌(物質・材料研究機構)らは,高温物性研究の高効率化を可能とする装置開発に関して,導電性を有するホウ素ドープダイヤモンド(BDD)をダイヤモンドアンビルセルの電極に用いることを報告した.開発したダイヤモンドアンビル上のBDD電極は電子線リソグラフィーとマイクロ波励起化学気相成長法を用いた選択成長法により形成され,従来手法の電極は一度の加圧操作により損傷を受け再利用不可となった一方,開発品は繰返しの利用が可能であることが報告された.また,本BDD電極は約200GPaまで使用可能であり,20種以上の新規の超電導材料の発見へ利用できたことから,今後の高温物性研究の高効率化へ寄与することが示唆された.

2日目最後には特別講演(図1)として,青山学院大学教授の澤邊厚仁氏から「ヘテロエピタキシャルダイヤモンド研究のまとめ」と題して講演がなされた.澤邊氏は本フォーラムにおいて,広報・出版委員会委員長,常務委員会委員,監事,理事を歴任されるとともに,国際会議ICDCMのオーガナイザを務めるなど,ニューダイヤモンドの発展に多大な貢献をされている.講演者の履歴とともに,電子衝撃CVD法,直流プラズマCVD法の開発,イリジウム下地を用いたダイヤモンドのヘテロエピタキシャル成長,選択成長技術を用いたエピタキシャル成長膜の高品質化について,長年の研究成果がまとめられた.

参加者は168名であり,コロナウイルス感染拡大前の200名前後にほぼ戻ってきた.完全現地開催となり,対面でのポスタセッションは初日および2日目,さらには懇親の場である学術交流会も出席者99名をもって2日目に開催され,久しぶりの賑やかなシンポジウムとなった.

寺地 徳之(物質・材料研究機構)
宮本 良之(産業技術総合研究所) >
矢野 雅大(三菱マテリアル株式会社)
平田  敦(東京工業大学)

 

▲ Top ▲