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 報  告

 平成19年度・第13回技術調査講演会報告 

 

平成20年3月13日,(独)産業技術総合研究所臨海副都心センターにおいて平成19年度・第13回技術調査講演会が開催された.ニューダイヤモンドフォーラムの技術調査講演会は,前年度にフォーラムが実施した委託調査および自主調査の内容を委託元の了解を得て会員に紹介するものであるが,今回は平成18年度にNEDO・三菱総研が実施したDLCに関する調査にフォーラムとして委員会を組織して参画した内容を長岡技術科学大学の斎藤秀俊教授に「DLC膜を斬るのにラマン散乱は使えるか?」との題で紹介していただいた.また特別講演として兵庫県立大学の村松康司教授に「放射光軟X線発光・吸収分光法による炭素材料の精密状態分析技術」と題してご講演いただいた.

従来の代表的なDLCの分類は,sp2/sp3比とH/C比の2軸で分類するもので,sp3,sp2,Hが正三角形の頂点に描かれたチャート上でDLCを位置づけることがなされてきた.このチャート上の位置を決めるための分析手法には,ラマン散乱分析や赤外吸収分析なども非常に手軽ということで使われてきたのだが,これらの分析手法は定量的な指標を一意的に決定するには問題が多かった.それから上記,三角形のチャートには密度という概念がないことが決定的な問題であった.

斎藤先生を中心としたDLC調査委員会の成果はこれまでにも,NEW DIAMOND誌1)やニューダイヤモンドフォーラム総会,ダイヤモンドシンポジウムなどで報告されてきたが,今回はDLCに対するラマン散乱分析の意味に焦点を当ててお話しいただいた.ラマン散乱分析はDLCを評価するのに,高速で手軽な方法として広く使用されているが,その評価結果の物理的科学的意味付けは明確になっていなかった.斎藤先生の委員会ではDLCの評価分類にあたって,定量性に優れ曖昧さのないNEXAFS(吸収端近傍X線吸収微細構造)法とERDA(弾性反跳散乱分析)法,XPR(X線全反射密度測定)法を主に利用し,ラマン散乱などは参考とした.委員会では前記3種類の分析により,長く分類不能であったDLCを密度と硬度でTYPE T,U,Vの三つのタイプに分類し,TYPE U,Vについてはさらに水素含有量でTYPE Ua,Ub,Va,Vbに分類するという画期的な分類体系を提案された.この分類体系は硬度を第一の軸としていることで,DLCを製品に組み込むメーカにとって特に有意義な分類となっている.

しかしながら,この分類のために使われたNEXAFS法,ERDA法,XPR法はどこででもできる分析方法ではない.特に前二者は国内の分析装置の台数も少なく企業が実施するには相当な費用を要することになる.当然これまで活用してきたラマン分析などで上記の分類の判別ができればありがたいという声が,全国の企業や研究者から寄せられたであろうし,斎藤先生達もその点をよく理解されておられたようだ.

そこで今回の「DLC膜を斬るのにラマン散乱は使えるか?」というテーマでのご講演となったわけであり,ニューダイヤモンドフォーラムの会員には非常にキャッチーな内容であったと思う.そしてその結論であるが,ラマン散乱分析はDLCの分類には万能ではないが,特定の条件を考慮すればかなりDLCを斬るのに役立つということである.このスペースで特定の条件を説明することはできないし,近いうちに斎藤先生らによって本紙にご執筆いただけると思うので,一部と紹介するにとどめる.例えばラマン散乱の1580 cm-1付近の波形分離されたGバンドの半値幅は大きいほうが硬度が高いという明確な相関性があることがわかった.これはラマン散乱の励起波長が514nmでも325nmでも見られた.反対に相関のないパラメータも多かったとのことである.

このような調査ではDLCの範囲・定義が問題になるが,今回の調査では企業研究機関からもち込まれた「自称DLC」をすべて測定したということで,炭素と水素以外の異元素が含まれる膜も対象になったということであり,DLCのユーザにとっては一層,委員会が策定した分類の汎用性が高いことを意味していると考えられる.

以上のようにDLCの評価手法の標準化はこの3年間で大きな進展を見せている.これが世界に向けてDLCの工業標準として認知され,DLCの利用がさらに大きく広がることを期待したい.

続いて,村松先生の講演は,放射光を用いた軟X線発光・吸収分光法に関するもので,先の斎藤先生の講演で出てきたNEXAFSはX線の吸収を使うものであったが,ここではX線領域の発光も測定することでより多くの情報を引き出すことができる.村松先生はダイヤモンドシンポジウムでこの手法を用いたダイヤモンドのバンド構造の評価を発表されていたが,本講演では炭素材料一般について分析例を紹介していただいた.斎藤先生の講演と関連性が強く出席者の関心も高かったと思われた.

最初に放射光発生装置の変遷についてご説明があり,炭素系物質などの分析に有用な軟X線専用の放射光施設が日本にはないということであった.軟X線専用の米国のAPSなどの施設を使うと,斎藤先生達が1週間昼夜兼行で測定された多数のサンプルも半日以内でできるそうである.

村松先生はこれまでにダイヤモンド,グラファイト以外にもフラーレン,ポリエチレンなど代表的な炭素系材料の測定を行ってこられ,データベースとしても充実してきている.有機分子の官能基や吸着状態の解析も実施されている.今回の聴講者の関心の高い非晶質のスパッタカーボン膜のX線吸収分析ではπ電子のプラズモンピークとs電子のプラズモンピークの間に微細構造を示す三つのピークが現れることがわかった.これはsp2炭素とsp3炭素の結合でできる多様な混成軌道を示しているということである.このような観察されたスペクトルと構造の対照には,DV-Xa分子軌道計算で電子状態密度分布を産出して比較することが有効であるということであった.DLCの原子構造の特定にも非常に有用であると期待させられた.

今回の技術調査講演会では自動車など応用分野がますます広がるDLCの標準化と,その構造の特定・改善につながる分析手法が紹介された.産業の重要な先端分野でフォーラムの果す役割がよりはっきりしてきたように思う.

今井貴浩(住友電気工業)

 

1)斎藤秀俊:NEW DIAMOND,No.87,p.17(2007)

 

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