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 報  告

 平成23年度第1回研究会 

 

 6月23日,平成23年度ニューダイヤモンドフォーラム第1回研究会が,東京大学駒場キャンパスで開催された.今回のテーマは,「ダイヤモンドと量子計算の基礎」であった.最近,ダイヤモンドを量子情報素子として扱うための研究が欧米で積極的に行われている.これらの研究は,「ダイヤモンド中に存在する,ある特定の欠陥に局在する単一スピンを室温で制御できる」という事実に基づいて実施されている.つまり,高温半導体材料としてのダイヤモンドの長所が顕著に出ている良い例といえる.本研究会では,量子計算の基礎から,シリコン,さらにはダイヤモンドでの実証例までを,4名の講師が講演してくださった.

大阪大学基礎工システム創成専攻の北川勝浩氏は,「量子計算」がどのような分野で必要とされているか,また高速化を可能にする原理は何かを素人にもわかりやすく講演をされた.RSA暗号に代表される,インターネットでも広く利用されている暗号は,二つの素数を基底としており,素数の積p ×q を公開鍵に,一方,素数p q を秘密鍵の作成に用いる.したがって,この暗号の安全性は,素数の積p ×q の素因数分解の難しさによっており,計算速度の向上とともに安全性は低下することが述べられた.より安全な暗号を考えるためには,素因数分解のような計算も高速に実施できる量子コンピュータが必要となろう.量子計算では,スピン状態が情報の最小単位となり,量子ビット(qubit:キュビット)と呼ばれる.北川氏らは,分子の原子核スピンをキュビットとして利用したNMR量子計算の一例を併せて示された.量子計算では,キュビットを構成するスピン状態の保持だけでなく,それらの初期化が不可欠である.講演では,ペンタセンなどの分子に対して,レーザ光やマイクロ波を照射することで核スピンの偏極率を向上させる手法が示した.

慶應義塾大学理工物理情報工学科の伊藤公平氏は,シリコン中での核スピン・電子スピン系の量子もつれを実証した.シリコンには28Si(92.2%),29Si(4.7%),30Si(3.1%)といった3種類の安定同位体が存在する.このうち,29Siは核スピンをもつため,31P核スピンと電子スピンの間で形成する「量子もつれ状態」に対する外乱場となる.伊藤氏らは,28Si同位体濃縮(99.995%)を行ったシリコン結晶を用い,これに31Pをドーピングすることで,n形シリコン中での電子スピン緩和時間を1秒近くまで長くさせ,結果としてシリコン中での量子もつれの生成と検出に成功した.核スピンをもたない28Si結晶は,31P核スピンと電子スピンにとって「固体中の真空」と捉えることができると述べた.

大阪大学基礎工物質創成専攻の水落憲和氏は,ダイヤモンド中に存在する窒素と空孔の複合欠陥(NVセンタ)は単一光子源であるため,量子暗号通信や量子コンピュータといった応用に適していると述べた.水落氏によると,本暗号通信を行ううえで不可欠な量子中継器は単一光子の量子情報を単一スピンに転写する必要があり,アンサンブル系では原理的に適用不可能である.ダイヤモンド中のNVセンタを用いた場合,この単一スピン状態を室温においても光学的に読み取り,また光・磁気的に制御することが可能である.さらに,通常のキュビットでは難しい課題となっているスピン状態の初期化が,室温においても電子スピンを光ポンピングすることで容易にできる点が,ダイヤモンドNVセンタの優れた点であることを説明した.加えて,ダイヤモンド中の13C濃度を意図的に変化させ,13C核スピンとNVセンタ電子スピン間の量子もつれを生成することに成功した.電子スピンは比較的遠くに存在してもスピン相互作用による結合が可能であり,一方で核スピンは緩和時間が長いという特徴をもつ.電子スピンと核スピン間で情報のやり取りをさせれば,それぞれのスピンの特徴を生かすことができるため,多量子ビット化に適した系であると述べた.なお,水落氏がまとめたダイヤモンド中の単一スピンに関する解説が,「固体物理,45,p.27(2010)」に掲載されているので,興味のある方はご覧いただきたい.

筑波大学図書館情報メディア研究科の磯谷順一氏は,ダイヤモンド中の13C濃度を極力低減することで,NVセンタの電子スピン緩和時間を長くすることができると述べた.緩和時間を低減する要因には,同位体からの核スピン以外に,置換位置の窒素など不対電子をもつ不純物,また欠陥があげられる.先行研究によると,12C同位体濃縮度が99.7%の結晶で,室温でも1.8msと長い緩和時間が得られているそうである.磯谷氏は,同位体濃縮させた結晶に対して窒素のイオン注入を行うことにより,NVセンタを配列化することを目指している.例えば,NVセンタの双極子・双極子相互作用を用いたCNTOゲートを考えた場合,スピン緩和時間が2ms程度であればスピン間距離(つまりNVセンタ間距離)を50nm程度に設計する必要がある.もちろん,スピン緩和時間が長くなるほど,スピン間距離は長くても良くなることから,その両面から追い込む必要があるということであった.Nイオン注入により生成したNVセンタは,比較的高い生成効率と長い緩和時間をもつため,今後の展開が期待される.

本研究会では,ダイヤモンド以外の講師が2名,またダイヤモンドNVセンタの研究に携わっている講師が2名の計4名で構成されており,各講師が平易に説明するように努力をされたため,参加者にも理解されやすかったと思われる.参加人数は30名であった.今春3月にベルギーハッセルトで開催されたダイヤモンドに関する国際会議では,NVセンタに関する口頭発表セッションが二つ設定され,加えて別のセッションでも単一光子に関する発表があった.この分野の研究が活発になる中で,本研究会を通して,良質な(量子計算に適しているという意味で)結晶が研究の重要な基盤となっていることを認識した.

 

寺地 徳之,小出 康夫(物質・材料研究機構)

 

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