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 報  告

 平成24年度第1回研究会 

 

 平成24年度第1回研究会は,「ナノカーボンの最新研究」と題して,平成24年6月15日(金),東京大学生産技術研究所にて参加者31名を得て開催された.グラフェンの電気・電子物性やナノカーボンの光電変換プロセスに関する講演を4名の講師の先生にしていただいた.

はじめに,筑波大学大学院数理物質科学研究科の岡田 晋氏に「グラファイト複合構造体の物性」と題してご講演いただいた.まず,実際のデバイスで用いられる絶縁基板が,グラフェンの電子物性に対してどのような影響を及ぼすのかについて,理論科学計算による結果が報告された.酸化シリコン基板とグラフェンとの相互作用は,グラファイトの面間相互作用と同程度で,炭素1原子当たり数十meVと弱いものであったが,もはやグラフェンは金属的な電子状態を有しておらず,数十meVの直接バンドギャップをもつことがわかった.その原因は基板上の酸素およびシリコンのつくる局所的なポテンシャル変調である.次に,金属電極がグラフェンの電子物性に及ぼす影響について報告された.PdやAgの場合,グラフェンのπ電子と金属との軌道混成が生じ,フェルミ面近傍でのバンド構造は線形ではなくなる.この影響は金属から離れた場所でも観察され,ナノメートルオーダの染出しがあることがわかった.これらの結果は,理想的なグラフェンデバイスは作製できるのかという問題提起とも考えられる.さらに,カーボンナノチューブ(CNT)の高効率光電変換メカニズムについての報告があった.CNTのような一次元物質ではクーロン相互作用が大きく,光励起により多重励起子が生成しやすいことが報告された.今後の高効率光電変換デバイス作製への指針になると思われる.

引き続き,「電気的・力学的手法を用いたナノカーボンへのスピン注入」と題して,大阪大学大学院基礎工学研究科の白石誠司氏にご講演いただいた.近年,分子を用いたスピントロニクスが注目されている.本講演ではまずグラフェンへの純スピン流注入についてお話しいただいた.グラフェン薄膜上に作製した金電極間に強磁性金属であるコバルト電極を配置したデバイスにおいて,室温でも電子がスピンをそろえた状態でコバルトからグラフェンへと注入され,グラフェン上を伝導することが報告された.そのスピン伝導は電荷の移動を伴わない純スピン流であった.さらに,このようなスピン注入は動力学的な手法であるスピンポンピングによっても実現可能であることが紹介された.エネルギー損失の少ない情報伝達デバイスの創製につながる技術であると思われる.最後に,コバルトナノ粒子をC60薄膜に埋め込んだ構造体における,マルチフェロイック的な物性が報告された.つまり,外部電界によるコバルト粒子の磁気配列や電荷状態の制御が可能であることが示された.その結果,140万%という超巨大な磁気抵抗効果の発現に成功した.

休憩をはさんで,東京大学生産技術研究所の増渕 覚氏に「グラフェンナノ構造の電子物性」と題してご講演いただいた.まず,二次元電子系がもつ特異な物性が概説され,輸送現象に関する研究の意義が示された.続いて,グラフェンに関するこれまでの研究の進展が紹介され,メカニカルへき開法により得られるグラフェンに対して,単結晶BN(窒化ホウ素)が基板として理想的であることが説明された.実験ではBN/グラフェンの単分子膜ヘテロ構造を得る技術的手法が示された.この結果,非弾性散乱長が1mm以上にも達し,T=4Kにおいて移動度が63000cm2(/V・s)に達することが示された.さらに,磁気抵抗測定により,バリスティック伝導する電子のチャネル端での挙動として,拡散的な反射が生じていることが明らかになった.このことはこれまでにほかの物質での二次元電子系では観察されていない新規の現象であり,聴衆の興味を集めていた.質疑においては,BN・グラフェン間の格子整合やチャネル端の結合状態に関する議論がなされた.

最後に,京都大学大学院工学研究科の梅山有和氏に,「光電変換機能を目指したナノカーボン複合材料の開発」と題して,ご講演いただいた.有機薄膜太陽電池の電子アクセプタとしてフラーレン誘導体が使用されているのは周知のとおりである.同じナノカーボン材料であるCNTは一次元長尺構造を有することから,生成した電荷を電極まで効率的に輸送できると期待されている.実際,C60をCNT壁に電気泳動法によって吸着させた複合膜を用いた場合,単にCNTとC60からなる積層膜に比べて,光電流発生の外部量子効率(IPCE)の著しい向上が見られることが報告された.C60の代わりにC70を用いた場合には,IPCE値は26%に向上し,これまでに報告されているナノチューブ複合材料の中で最高の値を示した.さらに,フラーレンを内包させたCNT(ナノピーポッド)の外壁にポルフィリンを連結させた分子について,光励起によりポルフィリンとナノピーポッドの間で電荷分離状態が生成することが示された.一方,空のCNTでは電荷分離状態は観測されず,分子内包によってCNTの電子物性が制御されていることが示された.

今回はグラフェンやナノカーボンのエネルギー応用など最近の話題をご講演いただいた.懇親会においても講師に質問が相次ぎ,非常にエキサイティングな研究会となった.最後に,講演をご快諾いただいた講師の先生方に厚く御礼申し上げます.

 

岡崎 俊也(産業技術総合研究所)

野瀬 健二(東京大学)

 

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