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 報  告

 平成26年度第1回研究会 

 

6月25日に,ニューダイヤモンドフォーラム平成26年度第1回研究会が,東京工業大学大岡山キャンパスで開催された.今回のテーマは,「ダイヤモンドのカラーセンタ〜窒素欠陥を中心として〜」であった.最近,ダイヤモンドの複合欠陥に帰属する電子スピンを用いた,ダイヤモンド量子情報に関する基礎・応用研究が盛んに行われている(本フォーラム平成23年度第1回研究会など).サブタイトルに,「〜窒素欠陥を中心として〜」とあるように,今回の研究会では,電子スピンの物性というよりも,ダイヤモンド中に形成された窒素に起因するカラーセンタという意味合いが強い研究例が示された.

中央宝石研究所の北脇裕士氏から,「ダイヤモンド光学特性─宝石鑑別の視点から」と題して,宝石鑑別はどのようにして行われるかという,普段はあまり聞かない(聞けない?)話があった.ダイヤモンドは「色」にバリエーションがある.カラーダイヤモンドに関しては,昨年末に83億円で落札された60カラットの大粒ピンクダイヤモンドの話題は,記憶に新しい.黄色では,ディープディーンダイヤモンドが有名である.104カラットと大粒で鮮黄色であるが,放射線照射処理されたダイヤモンドであることが判明して,騒動となったそうである.このような人為的な処理が施されているかどうかを調べるためには,従来の目視評価に加え,分光分析,FTIR,蛍光X線,顕微ラマン,ICPMSなど,高度な分析が不可欠である.ダイヤモンド人工合成,HPHT処理,放射線処理を施すことで,不純物の混入,複合欠陥生成・制御,塑性変形がダイヤモンド結晶中で起こり,その色はどんどん変わっていく.一方でダイヤモンドの価値は,誰がどう判断するかで決まる.人為的に行ったことを隠し,天然結晶と偽ってその価値を高めようとする世界の存在に,結晶成長に携わる者として驚きと憤りを感じた.

引き続いて,日本原子力研究開発機構の小野田忍氏から,「イオン打ち込みによるNVセンタ制御」という題で,講演があった.窒素と空孔の複合欠陥であるNVセンタがダイヤモンド結晶中で単一発光欠陥として観測されるのは,極低濃度(NVセンタ濃度で〜1011cm−3,1ppt)の場合に限られる.単一NVセンタは一般に532nmレーザを用いた共焦点観測で行われるため,レーザビーム径内にただ1個のNVが存在することを考えると極低濃度が必要なことが理解できる.イオン照射技術を用いると,NVセンタの濃度と位置制御を高精度に制御しながらつくり込むことができる.空孔生成に電子線照射を組み合わせ,イオン・電子線照射後にポストアニールを施すことで,高密度にNVセンタが形成される.いわゆる,「欠陥エンジニアリング」である.熱処理温度に関しては,空孔が移動する600℃以上,さらに窒素原子自体は移動しない1000℃以下の温度範囲が最適条件ではないか,と述べられた.ダイヤモンド中に存在する0.1ppbの残留窒素もNV生成に寄与するため,小野田氏らのグループでは,天然存在比が1%以下の15Nをイオン種に用い,ODMR測定から結晶成長由来の14NVとイオン照射由来の15NVとの区別を行った.

3番目の講演は,「蛍光ナノダイヤモンド粒子を使った光検出磁気共鳴イメージング法と生体応用」と題して,京都大学(現日本電子)の吉成洋祐氏から講演があった.吉成氏の研究のモチベーションは,高感度検出が可能な光の利点と,さまざまな情報を取り出せる磁気共鳴の利点とを組み合わせたいというところにあった.それを実施するために,小さい磁気共鳴プローブとしてのNVセンタを系内に導入して,その周辺環境を調べることを行った.蛍光体としてNVセンタは,生体内でも退色しないという利点がある.また,マイクロ波照射の有無で発光像を取得し,その差分からNVセンタのみの発光像を得ることができる.これは,NVセンタの基底状態はエネルギー分裂しており,このエネルギー差に対応する周波数のマイクロ波を照射することで,NVセンタの発光強度が変化する,という特徴を利用したものである(本誌103号を参照).吉成氏らのグループでは,ナノダイヤモンド中に含まれた約200個のNVセンタをアンサンブル測定し,それらの位置情報を得るために,方向が異なる三つの電磁石を系内に配し,各磁界強度を独立に制御することで磁界方向を任意に変更できるシステムを開発した.そして,ナノダイヤモンドを線虫の口から「食べ」させた後,磁界方向をさまざまな方向に変化させてはODMR測定を行うという大変な測定を長時間にわたって行った.膨大なデータを解析したところ,線虫の消化器内で,ナノダイヤモンドは2時間にわたって,1軸を起点に回転していることがわかった.生物はかなり活発に動き回ることから,今回のような結果には驚いた,というのが吉成氏の感想である.

最後の講演は,滋賀医科大学の小松直樹氏から,「水に溶けるナノダイヤモンド:研磨から蛍光イメージングまで」と題して,小松氏のこれまでの研究経歴と併せて,ナノダイヤモンドの医療・工学応用に関して講演していただいた.小松氏はこれまで,炭素の0次元(フラーレン),一次元(ナノチューブ)から炭素研究を開始され,最近は二次元系(グラフェン)や三次元系(ダイヤモンド)と,ボトムアップ的にナノ材料を扱ってきておられる.小松氏は不正合成(右手,左手構造を選択的につくる)を得意とされ,分子ピンセットを用いたナノ物質のサイズ差を利用した分離を精力的になされたことが紹介された.ナノダイヤモンドの医療応用では,サイズが30〜50nmのナノダイヤモンドをいかにして患部に凝集させて観察させ,そこでアクション(例えば薬剤を投下)できるかが勝負である.そのためには,まず「溶ける」ナノダイヤモンドをつくる必要がある.小松氏らは,リン酸緩衝液(PBS)への溶解度を上げるべく,ナノダイヤモンド表面修飾から研究に取り組まれた.表面修飾されたナノダイヤモンドは,例えば化学的機械研磨(CMP)の研磨剤に用いた場合に,研磨面平滑度が向上するなど,まだまだ応用分野があるのではと述べられた.

今回の研究会は,4件の講演が絶妙に組まれており,筆者は食い入るように拝聴した.全体の流れは,以下のようにまとめられる.『ダイヤモンド結晶の「色」,その中でも窒素−空孔の複合欠陥は代表的であるが,負に帯電したNVセンタは優れたスピン特性をもつことから注目されている.このカラーセンタは空孔を伴うため,ダイヤモンド半導体応用には不適と考えられてきたイオン注入法が,大きな力を発揮する.カラーセンタを含むナノダイヤモンドは,生体内に導入し,それを系外から観察することで,生命稼働の一部を可視化することができる.また,ドラッグデリバリに関する基礎的研究においても,カラーセンタの利用価値が高い.』ダイヤモンドが化学的に安定であり,バンドギャップが広いことの良さが,ここに現れている.今回の研究会では,各講師が平易に説明するように努力をされたため,参加者にも理解されやすかったと思われる.参加人数は30名であり,懇親会には19名の方が集ってくださった.

 

寺地 徳之(物質・材料研究機構)

 

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