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 報  告

 平成27年度第1回研究会 

 

平成27年度第1回研究会は,「グラフェン・二次元結晶の素子応用に向けて」と題して,平成27年7月23日(木)東京大学生産技術研究所(駒場リサーチキャンパス)にて開催された.グラフェン,六方晶窒化ホウ素,遷移金属ダイカルコゲナイドなどの二次元層状物質は単原子層まで薄層化することが可能であり,その特異な物性から基礎・応用の両面で注目を集めている.幅広い研究分野で興味を集めている新規材料系であることを反映して,活発な質疑応答や議論により盛況な研究会となった.

東北大学電気通信研究所の尾辻泰一氏には「グラフェンを中心とする二次元原子薄膜ヘテロ構造とそのテラヘルツデバイス応用」の題目で講演していただいた.研究の背景に関する基礎的な説明に始まり,最新の進展の紹介とともに,今後の動向に至るまで詳しく説明された.グラフェンは線形分散でギャップレスなバンド構造を有し,それに伴う特異な光電子物性により,光励起もしくは電流注入励起したグラフェンがテラヘルツ帯で反転分布・負性導電率を示すことを理論解析により示された.また,DGL構造におけるプラズモンおよび共鳴トンネルを介した非線形光学応答特性に着目し,トンネルバリヤを介したグラフェン層間のフォトンアシストトンネリングによってフォトンと物質との非線形な相互作用を果たすこと,プラズモン共鳴周波数と合致するフォトンとの相互作用によってトンネル電流を制御できることを示された.さらに,遷移金属ダイカルコゲナイドを含む二次元原子薄膜ヘテロ構造が生み出す物性により,未開拓テラヘルツ電磁波領域に極限高効率高性能のデバイスが創製され,ICT科学技術イノベーションの新たな地平を切り開くことへの期待が述べられた.グラフェンのテラヘルツ素子応用に先駆的に取り組んでこられた同氏のビジョンは聴衆にとって大変刺激的であった.

富士電機株式会社技術開発本部先端技術研究所の藤井健志氏には「グラフェンのCVD・転写による任意基板上への形成とそのデバイス応用」の題目でグラフェンの形成方法とその特性,基板の表面状態がグラフェンに与える影響,グラフェンの太陽電池への応用について講演していただいた.CVDグラフェンに関して,PMMAによる転写とその特性が詳細に説明された.高品質なグラフェンがCVD成長できても,適用先の表面状態によって特性が制限されることは今後の実用化への大きな課題になる.一方,太陽電池への適用では,グラフェンを貼り付けるだけで表面の特性が制御できるため,グラフェンの新しい適用技術として期待されている.グラフェンは基礎・応用の両面で注目を集めているが,本格的に研究開発に取り組んでいる企業は多くはない.その中で,先陣を切って研究開発に取り組んできた富士電機の研究開発の現場の方から現状と今後への課題と期待を伺えたことは,基礎学術研究をバックグラウンドとする聴衆にとっても大変有益であった.

東京農工大学工学研究院の前橋兼三氏には「グラフェンのバイオセンサーへの応用とグラフェン合成」の題目で,グラフェンチャネルを有するデバイスをバイオセンサに応用した研究を紹介していただいた.グラフェンは移動度が非常に高く,その表面上で直接生体分子認識反応を検出できるために,バイオセンサとして非常に有効である.グラフェンデバイスを用いたバイオセンサは,蛍光や酵素を用いた増幅を必要とせず,直接さまざまな生体分子を電気的に測定するものであり,健康維持と病気の予防,医療の大幅な向上に資するとの期待が示された.グラフェンや二次元結晶のキラーアプリは何かという問いは常に議論されている重要な課題であるが,その一つとしてバイオセンサ応用があることを明確に示された.

埼玉大学大学院理工学研究科の上野啓司氏には「カルコゲナイド系層状物質の単結晶成長と応用」の題目で,さまざまな遷移金属ダイカルコゲナイドの構造・物性・成長について詳説していただいた.フォスフォレンなどの新材料の作製と物性についても議論されるとともに,マスクレスフォトリソグラフィーという独自の技術的工夫に関しても紹介され,多くの聴衆の興味を惹いた.二次元層状物質の結晶成長に長年取り組んでこられた同氏の技術と経験に裏打ちされた,「良質な単結晶がなければ固体物性研究は進展しない」という信念が伝わる迫力のある講演であった.

グラフェンや遷移金属ダイカルコゲナイドなどの二次元層状物質にはなじみのないニューダイヤモンドフォーラム会員も多いと予想されるが,このような刺激的な研究会を通じて,その意義と技術が伝わり,今後の研究開発に新たな自由度が加わることを期待したい.

町田 友樹(東京大学)

 

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