カレンダーに戻る

 報  告

 平成30年度第1回研究会 

 

平成30年6月27日(水)に,ニューダイヤモンドフォーラム平成30年度第1回研究会が,東京工業大学大岡山キャンパス石川台3号館で行われた.今回のテーマは「高感度センサー技術に向けた量子エレクトロニクス─ダイヤモンド材料への期待」である.近年,量子通信や量子コンピューティング分野での研究の発展と並行して,超高感度センサのニーズも高まってきており,そのニーズにこたえる量子デバイスを実現する材料の候補の一つとしてダイヤモンドに何が期待されるのかに焦点を当てる.この研究会の講師の先生方には,ダイヤモンドの欠陥特性を生かした高感度センサとしての性能向上にかかわる研究,実際のセンサ装置構築にあたり,オンサイトでの利用を可能とするコンパクトな実装技術と要求されるダイヤモンドCVD成長技術を紹介いただいた.

東京工業大学の岩崎孝之氏には,「ダイヤモンドW族─空孔中心の新展開」と題した講演をしていただいた.量子通信・センサ応用としてスピンコヒーレント長に利点のあるダイヤモンドNVセンタに対し,発光源としてZero Phonon Lineのシャープなピークを出しPhonon Sub Bandを伴わない特徴をもつSiVセンタとその他のW族Vセンタが俯瞰され,NVセンタがC3v対称性なのに対し,W族VセンタはD3d対称性を有し発光特性が異なることが紹介された.最近のトピックとしてSnVセンタの発光特性が紹介され,重いW族VセンタがSiVセンタよりスピンコヒーレント長が長いと期待されることが示された.その理由は,より重い元素によるW族Vセンタがつくる準位ではスピン軌道分裂が大きくなり,分裂した準位間のフォノンを介した相互作用が抑制され,スピンコヒーレント長が伸びることが期待されるからである.今後は,このW族Vセンタをon tip化して実用化への出口を見せることが重要になると,講演は締めくくられた.会場からは,W族Vセンタからの安定した発光を得るための高温高圧処理や,Si,Geと比べたSnVセンタの発光波長の関係,NVセンタと比べたスピンコヒーレンス寿命に関して議論がなされた.

次に慶應義塾大学の阿部英介氏には,「NVセンタを用いた量子情報デバイス」と題した講演をしていただいた.1990年代から始まったNV中心を利用した単一分子分光,量子情報技術への展開に至る世界の研究動向を講演していただき,自身のグループで行っているNVセンタを用いたナノNMRによる単分子特定を目指したデバイス開発が紹介された.ダイヤモンド基板表面に作成したNVセンタを利用して,基板表面上の分子の核スピンによる微弱磁場を,NVセンタスピンの歳差運動の周波数とコヒーレンス時間が磁場により変調されることを利用して検出する.将来は単一分子イメージングを目指しており,単一核スピンの位置決定プロコトルの開発を目指している.分子核スピンとNV中心のスピン間の磁気双極子相互作用は,距離と極角(r,θ)に依存することを利用してNV中心からの分子の相対位置を割り出せることを紹介していただいた(NV中心位置はその発光を顕微鏡で特定する).会場からは,NVの13Cと分子の核スピンの相互作用は,どうやって(r,θ)に依存するのか,NVはensembleが良いのか,それともsingleが良いのかなどの質問が出た.分子位置依存に関しては理論が確立しているが方位角依存性が出ないこと,NMRのchemical shiftのみを見るのならensembleが良いという回答がなされた.

休憩をはさんで後半の最初に,大阪大学タンパク質研究所の波多野雄治氏に,「ダイヤモンドセンサの細胞計測応用と展開」と題して講演していただいた.細胞計測には,NVセンタをもったナノダイヤモンドを細胞内へ吸収させ,それに緑レーザ照射して得られる発光スペクトルがマイクロ波周波数に依存して変調するのを見る方法と,NVセンタをもったダイヤモンド基板上に細胞を乗せ,磁区をもたない超常磁性ナノ粒子を細胞内部に吸収させナノ粒子による微弱磁場を基盤のNVセンタでセンシングしイメージを得る方法があることが紹介され,本講演では後者の方法の取組みが紹介された.この方法ではレーザ照射は基板のみに行うことができ,細胞のレーザダメージを抑制できる利点があるのと,装置構成が簡単になり卓上サイズにできる利点がある.さらなる感度の向上のためにはダイヤモンド基盤の広範囲で表面に高濃度のNVセンタを作成する必要があり,理論限界まで4桁の伸びしろがあることも報告された.会場に装置構成を示す実物展示もされ,休憩時間に多くの見学者が集まっておられた.今回紹介された技術の特徴は,細胞に吸収させる超常磁性ナノ粒子の径と同程度の厚さのNVセンタをもったダイヤモンド薄膜を作成することで,会場からそのほうが感度が良いのかと確認の質問が出た.また,通常のODMRを行うのではなく,マイクロ波の周波数を発光変調勾配が最大となる動作点に固定して測定する特徴があり,そのメリットに関しても会場から質問があり,測定の煩雑さを避け,測定の時間と空間分解能向上を図るためであるとの回答であった.

最後に,産業技術総合研究所の渡邊幸志氏に,「オンサイト計測を可能とする小型ダイヤモンドNMR装置の開発に向けて」という題で講演していただいた.微弱磁場検出NMRのニーズを探ると大型装置による強磁場発生を伴って感度を上げることよりも,ポータブルな装置によるオンサイト計測へのニーズが多いことに渡邊氏を中心とする研究者メンバは気が付き,磁場に対して高感度でありかつサイズの小さい装置構成の設計・試作を行っている.また,表面へのNV高濃度生成を達成するためのプラズマCVDプロセスも開発しているとのことで,プラズマ発生装置をマグネトロンではなくソリッドステートにし,安定なプラズマ発生を得ることが紹介された.このプラズマ発生によるスペクトル強度から,イオン濃度がマグネトロンの場合より下がっているもののCVD成長速度には影響がなく,また成長試料のCL測定では,電荷は中性ではあるもののNV中心からの発光が確認できている.今回のソリッドステートプラズマ源では周波数分布が2.45GHzを中心にシャープであり,今後はCVDメカニズム,周波数やパワーなどの最適条件の検証を行うことを予定している.将来,このポータブル磁気センタの医療診断応用,創薬応用を目標としている.会場からは,CVD成長方法に関する質問があり,この成長方法ではNVペアが直接導入されるのか,イオン濃度低下なのになぜ成長速度が速いのか,などが問われた.これらに対する回答は,NVペアが直接できるのではなく高速成長により欠陥が導入されてやがてNVペアになる,ソリッドステートプラズマでは不要な周波数と不要なラジカルが発生していないのでイオン濃度低下の割に成長速度が速いと思われることが回答された.

今回の研究会では30名を超える聴講者が参加し,懇親会も盛況であった.行司をお願いした先生方には,四半世紀にわたりダイヤモンドの研究を行っておられる先生も,数年前に研究を始めた方もおられるが,みな等しく「ダイヤモンドにはまだ未知の可能性がある」ことを主張しておられ,意見交換も大いに盛り上がった.量子センシング技術への関心の高さ,実際の装置構成にまで進んでいる研究への企業技術者の関心の高さがうかがわれる.

宮本 良之(産業技術総合研究所)

 

▲ Top ▲