■■■ 報 告 ■■■ |
■■■ 2019年度第1回研究会 ■■■ |
2019年6月26日(水)に,ニューダイヤモンドフォーラム2019年度第1回研究会が,東京理科大学森戸記念館で開催された.今回のテーマは「ダイヤモンドのパワーデバイス応用:今後への期待」であった.現在,ダイヤモンドのパワーデバイス応用に関する研究が継続的に行われており,内閣府SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)がこの3月に終わったという意味では節目といえる.今回の研究会では,依然として躍進しているシリコンパワーデバイス開発の中にあって,炭化ケイ素(SiC)を中心とするワイドギャップ半導体が置かれている状況に焦点を合わせて,3名の講師から講演をいただいた.開発が先行しているSiCやGaNが置かれている現状を改めて理解することは,「ダイヤモンドパワーデバイスはどうあるべきか」を考えるうえで有益であったと思う. 筑波大学の岩室憲幸氏は「最新パワーデバイス技術動向ならびに新材料パワーデバイスへの期待」と題して,パワーデバイス分野の今後の開発予測と,そこに求められる開発項目について概説した.岩室氏は過去に企業でシリコンパワーデバイス開発をされており,その後に大学に異動してからSiCの研究を始められた経歴をもつ.シリコンのパワーデバイス材料としての懐の深さを熟知したうえで,SiCの付加価値を出す方策を検討されており,講演でもそのような話をわかりやすく説明された.現在パワーデバイス市場は急激に伸びており,2030年代には市場総額が4兆2,000億円となることが予想されている.このうち,シリコンは2兆円強の増加が見込まれるのに対してSiCはたかだか数百億円規模であり,シリコンの牙城を崩すどころか,近づくことさえ至難であることを理解した.パワーデバイス実装を考えるうえでは,デバイス単体ではなくシステムとして捉えることが重要であると述べられた.電力制御に用いられるパワーデバイスシステムは電力ロスによる排熱がある.熱マネジメントのために,体積割合で見ると,空気(〜70%),冷却部品(〜15%),半導体部品(〜15%)となっており,半導体部品は全体の2割弱と少ない.このことから,システムの小型化においてワイドギャップ半導体に期待されることは,(1)低電力ロス,(2)高温動作,(3)高周波動作(インダクタンス,キャパシタンスを小さくできる)であった. パワーデバイスに適した素子構造にはMOSFETとIGBTがある.これらはノーマリーオフ動作をし,電圧制御のためロスが少なく,さらに各ゲート電圧下で電流が飽和する.この飽和特性は,サージ発生時でも素子動作暴走を止めるうえで重要である.シリコンパワーデバイスでは,ウェーハの極薄膜化(100μm以下)とトレンチゲート構造を組み合わせることで,従来構造ではシリコン限界といわれていたデバイス特性を凌駕する特性が得られるようになっており,ワイドギャップ半導体の追従を許さない状況にある.SiCを始めとするワイドギャップ半導体がシリコンに置き換わるためには,デバイス特性のさらなる向上に加えてウェーハコストの低下が求められると述べた. 産業技術総合研究所の竹内大輔氏は,「第1期SIPプロジェクト・パワーデバイス領域の概要とダイヤの課題」という題目で講演された.内閣府主導のもとに進められた戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の重点研究開発課題の一つにパワーデバイスが選ばれた.事業期間は2014年度〜2018年度の5年間であり,竹内氏は2016年度からの2年間内閣府に出向して直接プロジェクトに関わった.SIPでは(1)SiCに関する次世代モジュール・デバイス・ウェーハ,(2)GaNに関する次世代デバイス・ウェーハ,(3)次世代パワーモジュール,(4)新回路,ソフトウェア,新材料基盤技術の項目に分かれて進められ,ダイヤモンドは項目(4)のなかで酸化ガリウムとともに研究が進められた.SiCでは耐圧数kV素子の歩留まり向上に加えて,耐圧6.5kVのスーパージャンクションMOSFETや20kV耐圧のIGBTおよびpinダイオードを目指して研究がなされた.GaNでは縦型デバイスに焦点を置き,Mgイオン注入によるp形領域形成などデバイスの要素技術開発が中心であった.その中でダイヤモンドは,基板の大型化の可能性と耐圧を検討するうえで重要なパラメータである衝突イオン化係数の導出に注力したとのことであった.パワーデバイス要素技術は他のデバイスにも応用できることから,ダイヤモンド半導体の特徴を生かし,他材料を凌駕するダイヤモンドデバイスを皆で考えていければとコメントされた. 名古屋工業大学の加藤正史氏は「パワーデバイス材料のウェーハ評価法─SiC・GaNを例に─」という題目で,結晶大型化で重要となるウェーハの品質評価法について,SiCやGaNでの例をあげて説明した.パワーデバイス応用では,転位や点欠陥の観察だけではなく,これらが電気的特性にどのように影響するかを知ることが重要である.SiCではこの知見をもとに欠陥構造を変える結晶成長条件を適用することで,欠陥の電気的不活性化を行う,デバイスグレードウェーハを得ているとのことであった. 今回の研究会を通して,ダイヤモンドのパワーデバイス応用を漠然と捉えるのではなく,デバイスの目標性能を具体的に決め,それに向けて戦略的に研究を行うことの重要性を講演参加者は理解されたと思う.NDF会員間でより切磋琢磨し,ダイヤモンドパワーデバイス研究が進められることを期待したい.参加人数は38名であり,懇親会には25名と多くの方が集ってくださった.分野外の会員も理解できるように,各講師がわかりやすいプレゼンをしてくださったことに改めてお礼を申し上げる.合わせて,NDF事務局に長らく勤められた東條雅子さんが本研究会を最後に退職されたことをお伝えし,深く感謝を申し上げたい. 寺地 徳之(物質・材料研究機構) |