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 報  告

 2019年度第2回研究会 

テーマ:「同位体を利用した軽元素材料の成長・物性の解明」

日 時:2019年9月30日(月)

     研究会13:00〜16:50 学術交流会17:00〜

場 所:東京大学駒場リサーチキャンパス

     An棟4階An-401/402号室

第2回研究会では,同位体を用いたナノカーボン材料の成長機構の解明,同位体で高濃縮された試料の作成,同位体を含んだワイドギャップ半導体の光物性のテーマで講演者を招き議論を行った.本テーマを設定した理由は,理論的に同位体効果による物性変化を予測することや,未来の応用を議論することは可能であっても,実際に実験的にどこまで同位体制御が可能か,同位体濃縮された試料の純度をどう保つかなどの知見が欠かせないからである.そこで,同位体を用いた最前線の研究者を講演者に招き議論を行った.講演者は,東京大学の丸山茂夫特別教授,物質・材料研究機構の谷口尚フェロー,京都大学の石井良夫助教である.

最初の講演者の丸山特別教授には,同位体を用いたナノ炭素材料の成長機構の解明の研究を紹介していただいた.触媒を用いたカーボンナノチューブの成長機構では,触媒金属がその場に滞在したまま成長するルートグロースが起きていることが解明された.その解明には,原料ガスのエタノール分子に13Cを含んだものと12Cを含んだものを交互に供給することで,カーボンナノチューブの成長履歴を同位体でディジタルコーディングする技術が応用され,13Cを含む部位と触媒金属の相対位置が計測された.計測には空間分解ラマン分光法を用い,13Cと12Cの部位の光学フォノンの振動数差を利用する.さらに丸山特別教授のグループは,カーボンナノチューブの成長中に六員環以外の構造欠陥が生じることでカイラリティの異なる継ぎ目が発生すること,成長を途中で中断した際にArガスのみで充てんすると成長の再開ができないが,Arガスに水素ガスを混ぜると成長が再開できるなどの興味深い現象を見いだし,カーボンナノチューブ成長機構解明を大きく前進させた.

次の講演者の谷口フェローには,高圧合成法による同位体濃縮されたダイヤモンドとcBN,hBN結晶の成長を報告していただいた.同位体濃縮ダイヤモンドにおいては,NVセンタ近傍への13Cの混入が防がれることで,NVセンタのスピンコヒーレンス寿命を延ばす効果がある.一方,BN結晶において,炭素の天然同位体比に比べてホウ素(B)の天然同位体比は格段に高く(10B:11B=20:80),ダイヤモンドに比較してBの同位体濃縮を達成した場合のフォノンへ与える効果は大きくなることが予想される.B同位体濃縮にはNaBH4分子とNH4Cl分子との複分解反応によるBN,NaCl4,H2の生成を利用する.B同位体比は,成長ソースガスのNaBH4分子中のB同位体比で決まる.5GPaの高圧処理下では不純物混入が避けがたく,不純物元素であるCやOのゲッタリング材が必要となり,谷口フェローのグループはゲッタリング材としてBa系溶媒を用いた.hBNではNの同位体濃縮も実現された.ここでも不純物ゲッタリング材料としてBaN溶媒を用い,BaN中のN同位体比がそのままhBN中同位体比となる.同位体比はSIMSとラマン分光で評価した.これら同位体濃縮されたcBN,hBNの用途は,高熱伝導特性を生かしたデバイス,polaronを伴う光学応答材料など,広く期待されている.

最後の講演者である石井助教(京都大学大学院工学研究科)には,ダイヤモンドおよびその他の超ワイドギャップ半導体の光物性への同位体効果の発表をお願いした.近年LEDの発展は目を見張るものがあるが,まだ未利用の波長200〜300nmの領域に,殺菌による水浄化,空気洗浄効果のある応用技術がある.まずは12Cと13Cの同位体効果がダイヤモンドからの発光に寄与するかどうかを検証した.CW発振の深紫外レーザによるフォトルミネセンスでエキシトン発光を測定し,13C濃度が高い試料でエキシトン発光波長の短波長側シフトを見いだした.パルスではなくCWレーザを用いたのは,エキシトン温度上昇を防ぎ,格子振動の微妙な同位体効果を見逃さないためである.エキシトンの結合エネルギーには同位体効果が効かないので,母体のダイヤモンドのバンドギャップが13C含有により大きくなることと関係していると解釈される.バンドギャップが大きくなるのは13C含有により格子定数が縮むことと関連している.また,詳細な分析によりエキシトン発光準位と格子振動の同位体効果の影響を理解するには,電子格子相互作用における同位体効果まで検討する必要があると考えられる.さらに,同位体効果による格子定数変化がエキシトン発光準位に影響することから発展して,結晶へのひずみの効果でもエキシトン発光波長を可変できると着想し,実際に〈111〉,〈100〉方向への1軸ひずみを印加しエキシトン発光波長変化を測定した.〈111〉ひずみに比較し〈100〉ひずみのほうがエキシトン発光準位の分裂が大きく測定された.

本研究会では,同位体効果といった基礎的なテーマにもかかわらず25名(講演者含む)もの参加者を得ることができ,学術交流会でも20名の参加者があった.また,講演時間中には,活発な議論も行われ,同位体効果の実験の手法や物性の解釈,不純物ゲッタリングのメカニズムに関する議論も行われ,有意義な研究会となった.

宮本 良之(産業技術総合研究所)

 

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