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 報  告

 2022年度第2回研究会 

 

2022年度第2回研究会が2022年10月4日(火開催された.2022年度第1回研究会に引き続き「ダイヤモンドの電気化学・バイオ応用(2)」と題したテーマで2件の講演が行われた.以下に講演内容をまとめる.

はじめに,大阪大学の外間進悟氏に「ナノダイヤモンドを用いた細胞内計測」と題した講演をしていただいた.細胞内における温度などの物理量は生命現象に非常に重要な役割を果たしており,そのような局所の物理量を定量的に計測できるセンサの開発が求められている.そのような背景から,蛍光性ナノダイヤモンド(FND)を用いた量子センシングによる,細胞内の温度や熱伝導計測に関する最新の研究内容を紹介いただいた.まず,窒素空孔中心(NVC)を有するナノダイヤモンドの作製と,その蛍光,および光検出磁気共鳴(ODMR)の原理について丁寧に解説いただいた.FNDはそのままでは表面が疎水的であるため,生体内で容易に凝集したり,細胞表面に付着したりするなどの問題があるため,適切な表面化学修飾が不可欠である.そこで,さまざまな表面修飾を検討した結果,高分岐鎖ポリグリセロール(HPG)で修飾したFND(FND-HPG)は,細胞培養液を含むさまざまな水溶液中で安定に単分散状態を保つことができることが説明された.ポリドーパミン(PDA)で表面修飾したFND(FND-PDA)は,発熱体と温度計が一体となったナノ領域の熱伝導計測センサとして応用することができる.まず,熱伝導率が既知の空気,水,ミネラルオイルで計測した結果,PDA-FNDを用いて正しく熱伝導率が測定できることが確かめられた.次に,HeLa細胞内にFND-PDAを導入して熱伝導率を計測した結果,水よりも6分の1程度小さく,値のばらつきも大きくなったことが説明された.この値は水よりも脂質やタンパク質に近い値であり,このような小さな熱伝導率が生体機能に関わっている可能性が示唆された.今後,FNDの粒子径を小さくすることにより,細胞内のより局所的な情報を得ることができるようになると考えられるが,蛍光・ODMR計測が難しくなるといった課題がある.さらなる技術の発展により細胞内の物理的・化学的な計測がより局所的に行えるようになると,生体機能や生命現象の本質に迫る知見が得られるようになると期待される.

続いて,(株)ダイセルの吉川太朗氏による「バイオ応用に向けたナノダイヤモンドの爆轟合成と周辺技術」と題する講演があった.爆轟法ナノダイヤモンド(DND)は,生産性に優れ,生体適合性が高い1桁nmサイズのダイヤモンドであり,生医学分野での応用が期待されている.その実現に向けたDNDの作製技術および分散性制御技術を中心とした最新の研究内容を紹介いただいた.まず,生体での観察における蛍光マーカーとして利用できるSiV中心を有するDND(SiV-ND)の爆轟法による作製について解説があった.爆轟反応によるDNDの生成機構を計算(MDシミュレーション)と実験(爆轟発光の時間分解分光測定)の両面から検討した結果,DNDの炭素源であるTNTが原子状まで自己分解した後に再凝集するC1機構と,TNTが芳香環構造を維持したまま連結するC6機構が考えられることがわかった.この結果に基づき,Si源としてtetrakis(trimethylsilyl)silane(TTS)とtriphenylsilanol(TPS-OH)を用いてDNDを作製したところ,TPS-OHを用いた場合にのみSiV中心に起因する発光ピークが観測された.このことから,DNDはC6機構にて形成され,それを考慮したドーパント源の選択が有用であることが説明された.DNDを生体内での蛍光マーカーなどに応用する際には,その凝集を解き,生理的条件において分散性を維持する必要がある.ポリグリセロール(PG)で修飾したDND(PG-DND)は高いイオン強度の電解質水溶液中でも安定に分散させることができるが,本講演では低温電子顕微鏡法(cryo-TEM)を用いた分散性の定量的な評価を試みた結果が報告された.1.0×10−6M以下の低いイオン強度の電解質水溶液を用いたDND分散液のcryo-TEM観察では,意外なことに未修飾のDNDだけでなく,PG-DNDでも粒子が連結した構造が観察されたとのことであった.これは,DND表面電荷に由来した局所的な静電引力によるものと考えられている.一方,1.0×10−2Mの条件では,PG-DNDは凝集することなく,1桁nmサイズの一次粒子として一定間隔で均一に分散していることが明らかとなった.これはPGの立体障害斥力と,高イオン強度によるDND間の静電引力の排除によるものと考えられた.このようなイオン強度と分散性との関係の定量的な理解はDNDの生医学分野への応用において重要な知見となると考えられる.また,Si基板表面へのDNDのナノパターン配列作成の研究例についても紹介があった.このような技術はダイヤモンド膜のナノ構造体を利用した各種生体計測用デバイスの開発に応用が期待される.
 本研究会では,講師を含めて27名の参加が得られた.参加者の方々もオンラインでの討論に慣れている様子で,活発な質疑応答がスムーズに行われた.今回快く講演を引き受けていただいた講師の方々には,この場を借りて深く感謝申し上げます.

近藤 剛史(東京理科大学)

 

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