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 報  告

 2023年度第2回研究会 

 

2024年1月26日(金)に,ニューダイヤモンドフォーラム2023年度第2回研究会が,北千住駅に隣接する東京電機大学東京千住キャンパスで開催された.
 今回のテーマは「古くて新しいダイモンド結晶成長技術」であった.最近,ダイヤモンド結晶中に形成された点欠陥を使った量子物性評価や量子デバイスに関する研究が精力的に行われている.これらの研究には良質な点欠陥の利用が不可欠である.ダイヤモンドの点欠陥は古くから研究されているにもかかわらず,量子関連の研究者にとって点欠陥形成に関する過去の研究成果はなじみが少ないかもしれない.他方,ヘテロエピタキシャル成長によるダイヤモンド結晶の大型化が脚光を浴びている.ヘテロエピタキシャルダイヤモンド成長では,イリジウム薄膜をテンプレートとして成長することがほとんどである.それでは,なぜイリジウムを用いることが良いのだろうか?この事実に対して疑問をもつ研究者に会ったり,それ以外の可能性について議論される発表を聞いたりすることは,最近ほとんどない.そのようなことから,「古い」と感じるかもしれない内容が,最先端の研究の飛躍に役立つかもしれないと考え,本研究会が企画された.

物質・材料研究機構の神田久生氏は「高圧合成ダイヤモンドの不純物─どんな不純物がどのような条件でどこに入るか─」と題して講演した.高圧合成では,成長温度や圧力によって不純物の取り込まれ方が異なること,特に成長セクタによってドーピング濃度が桁で変化する.窒素とホウ素はダイヤモンド結晶中に取り込まれる代表的な不純物であるが,神田氏によるとこれら不純物の取り込まれやすさは成長セクタによって異なっている.より詳細には,{111}セクタはどちらの不純物にとっても他のセクタと比べて最も取り込まれやすい.{100}セクタは,窒素を{111}セクタに続いて2番目に取り込みやすい一方で,ホウ素を最も取り込まない成長セクタである.また{110}セクタは,窒素を最も取り込まない一方で,ホウ素を{111}セクタに続いて2番目に取り込みやすい成長セクタである.{100}セクタと{110}セクタでは,ちょうど反対のような関係である.次に取り込まれた窒素の結晶内での形態について述べられた.窒素は孤立状態(分散型)で取り込まれるだけではなく,凝集したり凝集窒素に空孔が結合したりする.この凝集は,成長温度が高いほど起こりやすい.さらに不純物のドーピング濃度はセクタ内で均一というわけではなく,転位があればその周辺に偏析し,また成長フロントでステップが形成されればステップの方向に依存してドーピング濃度が変化する.また窒素ゲッターとして働くTi,Al,Zrといった金属を成長セル内に混入させることで,窒素濃度は変化する.このようにさまざまな要因により結晶内の不純物濃度が変化することを,NEW DIAMOND,No.5,15,31の表紙の写真(図1〜図3)とともに紹介された.高圧合成ではさまざまな金属が溶媒として使われるが,結晶中に取り込まれる金属元素はニッケルとコバルトのみと限られていた.上記以外で成長中に取り込まれる元素は水素,シリコン,リンである.神田氏は「ダイヤモンド結晶中に不純物が取り込まれにくいのはダイヤモンドの格子定数が小さいことに起因するが,なぜダイヤモンドには限られた不純物しか混入しないのか,今でも不思議に感じる」とコメントした.高圧合成とCVDとで不純物の入りやすさが異なっているのも不思議である.40年以上も前からこれらの点欠陥の構造同定や形成方法が議論されてきたが,まだ十分に理解されているわけではないことを,本講演から感じ取ることができた.

 

発表件数の推移

図 1 本誌No. 5 表紙

発表件数の推移

図 2 本誌No.15 表紙

発表件数の推移

図 3 本誌No.31 表紙

トウプラスエンジニアリング株式会社の鈴木一博氏は,「ダイヤモンドが成長するDCプラズマの状態とヘテロエピタキシャル成長用基板材料としてIrが選択された経緯(1985〜95年頃の記憶から)」という題目で講演された.前半ではDCプラズマを用いたダイヤモンドCVD成長からわかることについて,後半ではダイヤモンド薄膜のヘテロエピタキシャル成長を行うためにイリジウムを下地基板に使うことに至った経緯を丁寧に話された.ダイヤモンド成長を行っている筆者も初めて知る情報がたくさんあり,自分の無知を知らされた.DCプラズマは一対の対向電極間に形成され,ダイヤモンド成長条件ではグロー放電である.短針を使ったプラズマ診断から電子温度は9eV以下であること,電子密度は〜1010cm−3であることを述べた.ダイヤモンド成長が起こる条件では,プラズマ中で電圧降下が支配的に起こっていた.そして,ダイヤモンド成長の下地基板上に形成されたプラズマ中には,活性種として多量の原子状水素と微量の原子状炭素が存在すると述べた.
 さて,大型ダイヤモンド結晶を得るために,ヘテロエピタキシャル成長が複数の研究機関で行われている.ダイヤモンドのヘテロエピタキシャル成長の下地基板にイリジウムを用いることが,今や常識となっている.鈴木氏は世界に先駆けてイリジウムを選定した研究者として,そこに至るまでにどのように検討を進めてきたか,その経緯を詳細に述べられた.最初にcBNがヘテロエピタキシャル基板として圧倒的に優れていることを述べた.唯一の問題は,大型の下地基板が存在しないことであり,ヘテロエピタキシャル成長を行う最大の動機である「大型化」に目途が立たないということであった.表面終端元素として水素以外の可能性について検討し,ハロゲン元素ではダイヤモンド表面を適切に終端できないという結論に至った.その後,83種類にわたる下地基板の検討を行った結果,格子定数がダイヤモンドに近く,さらに炭素の固溶限界が小さいイリジウムが候補としてあがったとのことであった.鈴木氏は「イリジウムがベストの下地基板ということではない.ぜひ,他の候補についても皆さんで検討していただきたい」と述べた.

Orbray株式会社の金 聖祐氏は「大口径ヘテロエピタキシャルダイヤモンド基板の成長とデバイスへの応用」という題目で,ダイヤモンド結晶大型化による2インチウェーハの成長について説明した.金氏は講演の最初に,「ヘテロエピタキシャル成長で最も困難なことは,成長後の降温時に結晶割れを抑制することである」と述べた.この結晶割れは,下地基板とダイヤモンド結晶の間に熱膨張係数の差があることに起因している.金氏らはこの結晶割れを抑制するために,ダイヤモンドケンザンと命名したマイクロニードルをヘテロ成長界面に導入することを提案した.さらに下地基板として高品質なサファイアを用いることで,XRD半値幅を120arcsecまで低減することに成功した.ただし,マイクロニードルの適用は1インチが限界であった.これを解決するために,新たにサファイアの高オフ角基板の利用を提案した.高オフ基板を用いることで,降温時にサファイアとIrの間で自然はく離が起こることを見いだした.加えてジャスト基板上では多数観測された成長丘が,高オフ角とすることで減少することを見いだした.この現象に符合するように,オフ角を大きくするとともにXRD半値幅が減少した.転位密度は最適条件下で〜107cm−2であった.高オフ角サファイア基板を用いた場合に,窒素ドーピングなしで成長をすることで,30mm角の透明性に優れたヘテロエピタキシャル結晶を得ることに成功した.一方で,直径55mmの結晶では成長初期に窒素添加成長をしないと,結晶割れが生じると述べた.そのため現時点では,直径55mmの透明な結晶を得ることには至っていない.XRDの半値幅については,核密度制御,成長条件(ガス比率,温度),成長初期の成長条件,サファイア基板のオフ角など,各成長条件を最適化することで年々低下し,2023年にはXRDの半値幅が53arcsecまで小さくなった.結晶研磨については,マイクロニードルを用いたときには成長後に50μm以上の粗研磨が必要であること,また表面ダメージ層を除去するために酸化クロムを用いたCMPが有効であることを示した.

今回の研究会を通して,「これまでに報告されている研究成果であるが,これまできちんと理解していなかった」と感じた参加者が少なからずいたのではないかと思う.参加者の方々にとって今回の研究会が,新たな研究計画を検討する際の一助になれば幸いである.研究会参加人数は53名であり,学術交流会には37名と多くの方が集ってくださった.分野外の会員も理解できるように,各講師がわかりやすいプレゼンをしてくださったことに改めてお礼を申し上げる.

寺地 徳之(物質・材料研究機構)

 

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